【コマツ・坂根正弘相談役インタビュー】資源を残すことが先進国の責任
「化石燃料を使いまくってきた100年は、地球の歴史を1年とすると、たった0.7秒。除夜の鐘の108つ目」
エネルギーを巡る議論は複雑さを増している。経済性や安全性、安定供給といったように、複数の要素が絡み合い、解きほぐすのが難しい。地球温暖化対策という世界規模の課題にも応えなければならない。この中で国民の生活や産業活動を支えるエネルギーの将来の姿をどう描いていけばいいのか。小松製作所(コマツ)相談役で、2014年に策定されたエネルギー基本計画の見直しを検討する総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の分科会⻑を務める坂根正弘さんに持論を語ってもらった。
化石燃料は枯渇する
―温室効果ガス排出削減のための新たな国際枠組み「パリ協定」が発効しました。それを踏まえ、2016年に策定された地球温暖化対策計画では、2050年までに温室効果ガス排出80%削減という高い目標を掲げています。環境問題とエネルギー問題を両立するにはどのような考え方が必要になりますか。
「私はエネルギーと地球温暖化問題の両方の議論を経験しています。経団連の環境・安全委員長として、原発比率50%を掲げた鳩山由紀夫政権時代の2009年から5回連続でCOPに参加しました。また2014年からは政府の総合資源エネルギー調査会会長を引き受けました。そして問題の本質が見えてきました。いずれも『化石燃料は枯渇する』という視点で考えなければなりません。化石燃料が無くなった時、代替エネルギーがないと経済や国民生活に多大な影響を及ぼします。先進国が大量消費することで、石油は50~100年後には無くなるかもしれない。最後まで頼らざるを得ないのは石炭です。投資余力の乏しい途上国が発展するには石炭の利用が不可欠。先進国は石炭を途上国に残さねばなりません。私はこの信念を絶対に曲げません」
「太陽光や風力など再生可能エネルギーですべてを賄うことが最終ゴールの理想型です。ただし、課題は多く残されています。再生可能エネルギー100%でカバーするのが現実的かどうか、しっかり見極めることが大切です。政府は現在、エネルギーと地球環境問題に対して2050年を念頭に置いた議論を進めています。この4月以降は経済産業省と環境省がそれぞれ主催してきた審議会の議論を合体し、方向性を探っていかねばなりません」
原子力は安全性の技術開発を
―再生可能エネルギーだけでは難しいとなると、どのような選択肢を持つべきなのでしょうか。
「化石燃料枯渇後は再生可能エネルギー以外には原子力の使用済み燃料の再利用しか残されていないというのが私の結論です。いかに再生可能エネルギーの比率を高められるか、それとともに原子力技術を向上できるかを世界は考えるべきでしょう。原子力にしてもウランは枯渇性資源であり、だからこそ高速増殖炉の実用化が期待されたわけです。将来的には核融合炉発電というコンセプトにたどり着くのかもしれませんが、その前段階ではより安全性の高い原子炉を追求しなければなりません。我が国こそ小型モジュール炉や高温ガス炉などあらゆる可能性を追求し、原子力の安全性についての技術開発の可能性を探り続けなければなりません」
「日本が自給できるエネルギーは、再生可能エネルギーと原子力しかありません。これら非化石資源による発電の比率は、東日本大震災以前は合計35%にのぼりましたが、現在は17%に落ちています。政府は2030年に合計44%という目標を掲げていますが、現時点では達成はかなり困難な状況にあります。エネルギーそのものを自給できないのであれば、せめて技術力くらいは自給しなければなりません。日本は発送電技術まで外国から買う余裕はありません。しかし発送電技術自給率について、東日本大震災以前はほぼ100%でしたが、2030年、2050年はどうなるのか。その心配が顕在化しようとしています」
技術の自給率維持に危機感
―発送電技術の自給率が下がっているということですか。
「太陽光発電を考えてみてください。コマツは太陽光パネルに使用するシリコンを薄くスライスする装置の世界的メーカーで、富山県で製造していますが、出荷先の大半は中国です。ほかの日本企業が強い製造装置やガラスなどにしても、その多くは生産を中国に移管しています。もともと国産技術の固まりだった太陽光発電も、中国シフトにより日本から失われつつあるのが現状です。実はドイツはこのことに早く気がついて、太陽光から風力やバイオマスなどに投資を移しているのです。風力発電技術は欧州が大きく先行しています。日本がリードしているのは石炭火力発電と原子力発電技術ですが、今のような状況で原子力発電技術を若い人が勉強しようと考えるでしょうか。石炭火力発電にしても、こんなに目の敵にされては力を入れにくい。発送電技術自給率も極めて心配です」
―エネルギー政策を巡り、世界各国が熾烈な競争を繰り広げています。日本はどのようなポジションを取るべきでしょうか。
「2014年に策定したエネルギー基本計画でエネルギーミックスを決めたように、当分は『S+3E(安全性を前提にエネルギーの安定供給、経済効率性の向上、環境への適合)』のバランスで考えるしかありません。エネルギー、CO2(二酸化炭素)削減とともに、国の国際競争力と経済力を維持できた上で、初めてバランスを議論できる。経済力を失うという、大きなリスクを取ることはできません。国がじり貧になっては元も子もありません」
ベンチマークはイギリスとドイツ
―日本がベンチマークするべき国はどこでしょうか。
「二つあります。日本と同じ島国であるイギリスと、製造業中心の産業構造を有するドイツです。2050年の温室効果ガス8割減という目標に対し、イギリスは原発を諦めてはいません。一方、ドイツは脱原発を達成すると言っています。ただ、私は地球温暖化会議でも議論しましたが、ドイツはある時はEU全体で、ある時は自国でというように、極めて自分たちに都合良く喋っています。ドイツは北部で風力などの再生可能エネルギーを用いて発電し、南部の工業地帯でかなりの電力を消費しているのですが、南北送電網が環境問題で実現しないものだから、北部の電力を隣国に売電し、南部で必要な電力はチェコやフランスの原子力発電による電力を買っています。ドイツ国内単独での発電量とCO2排出量を厳密に精査し、彼らがもし原発無しでも温室効果ガス削減目標を実現できるというなら(私個人は極めて懐疑的ですが)、日本にだってできますよね。イギリス、ドイツが純粋に国内ベースで達成するレベルをしっかりと把握し、これと比べて、日本はその同等以上を目指すべきです」
―途上国の温室効果ガス削減に貢献することも重要な役割です。
「日本は世界最高水準の発送電技術自給率を100%維持した上でエネルギー自給率をできる限り高め、二国間クレジット制度(JCM)などにより、世界レベルでのCO2削減に貢献していくしかありません。JCMは途上国への温室効果ガス削減技術、製品、システム、サービス、インフラの普及や対策を通じて実現した温室効果ガス排出削減への日本の貢献を定量的に評価し、日本の温室効果ガス削減目標の達成に活用するものです。すでにパートナー国は十数カ国に膨らんでいます。また、ドイツも長期目標に北アフリカ等の太陽光発電所で発電した電力を調達することを謳っています。海外の原発で発電した電気で電気分解した水素を日本に運んでくるスキームなど将来は可能になるかもしれません」
―エネルギー問題に対する国民の意識向上も欠かせません。
「化石燃料が枯渇するという現実を遠い将来と思うか、近い将来と考えるか。私の孫の時代ですよ。地球の長い歴史の中で蓄えてきた化石燃料をあっという間に使い尽くしてしまう。地球の歴史を1年のカレンダーにして考えてみてください。46億年前を1月1日午前零時とすると、化石燃料を使ってきたこの100年はどんな長さでしょうか。明治維新からの150年でも結構です。100年は大晦日の除夜の鐘の108つ目で、わずか0・7秒。たった0・7秒の間でエネルギーを使いまくってきたんです。150年前からなら1秒。あと1秒後には化石燃料を使い終えるかもしれない。ものすごい長い歴史の中でほんの瞬きする時間軸の中で我々は生きている。それをまだまだあるというのか。私の祖父の時代から私の孫の時代までですよ。地球温暖化問題にも後世に化石燃料を残す視点が必要です。途上国に貴重な石炭資源を残さねば先進国の責任は果たせないと考えています」
―2050年を考える上で、原発議論は避けて通れません。
「日本は福島第一原子力発電所事故を経験しています。だからこそ安全性を追求していかねばなりません。原理的に安全な原発を考え出さない限り、原発比率をどんどん下げていこうという説しか出てこない。この国は原発技術をギブアップするわけにはいきません。再生可能エネルギーが今のようなレベルの技術ではなく、画期的な可能性のものが実用化でき、全人類がこれで全てやっていける確信ができて初めて原子力に対する答えが出せます」
新増設の議論も必要
「原発の議論になると、この国はいつもゼロか100かの話に陥りがちです。私は2015年エネルギーミックス策定の議論の中で、新増設・リプレースの議論をその時点で始めることに反対しました。理由は2030年のエネルギーミックスを決める前にその議論を持ち出すと、新しい原発しか安全でないという話に転じて、議論が混乱してしまいます。私は島根県出身なのですが、(中国電力の)島根原子力発電所の3号機はいまだに停止しています。すぐにでも動かせる最新鋭の新設原発がありながら、新増設の議論をするのは一体何なんだろうかと考えています。既存原発の再稼働がどういう理由で進まないか、進めるにはどうすべきかを現実論として議論しなければなりません。ただし、2050年に向けての議論の中では新増設の議論が必要です」
―産業界はどのように貢献していけば良いでしょうか。
「再生可能エネルギーは日本が世界一とは言えませんが、原子力と石炭火力の技術は日本が技術をリードしてきました。とりわけ石炭火力は世界一であり、自ら放棄することはありえません。私がCOPに出席している時、(地球温暖化対策に消極的な国を皮肉る)『化石賞』をもらったことがあります。私は胸を張ってもらおうと言いました。石炭は世界中に埋蔵しており、日本も石炭を使うことで発展しました。これからは途上国にいかに石炭を残してあげられるか。だからこそ我々は石炭火力発電の比率を下げなければなりませんが、技術は日本が最後まで残さねばなりません」
―産業界の省エネルギー化の推進も大きなテーマです。
「これは地産地消の考え方が重要になります。コマツは粟津工場(石川県小松市)で生産量当たりの購入電力9割削減を実現しました。そのために、全く新しいコンセプトの新工場を立ち上げました。冷暖房に地下水の熱利用を実現した上でバイオマス発電を導入し、さらに排熱を利用することで熱利用効率70%を達成しました。また、工場刷新と合わせて組立ラインの生産性を大幅に高めました。機械一台一台の電力使用量を見える化しました。バイオマス発電には地元の未利用間伐材からつくられた木質チップを活用します。森林を守り、再生させる一挙両得のアイデアと自負しています。発電コストは多少高くなりますが、日本はそれを負担するべきでしょう。再生可能エネルギーの導入も必要ですが、第一に考えるべきは省エネルギー技術で世界一になることです。日本は課題先進国。世界一になれる要素は十分です。地産地消アイデアを普及させれば、企業の設備投資にもつながり、国内経済にも好影響を与えるはずです」
国の発電状況で異なるEVの効果
―電気自動車(EV)の普及など大口需要家サイドの環境変化も無視できません。
「電気自動車(EV)の議論にも注意が必要です。燃料を自動車に入れるまでに排出するCO2(Well・to・Tank)と、自動車に入れた燃料の燃焼で排出するCO2(Tank・to・Wheel)を組み合わせた1キロメートル走行当たりのCO2排出量をコマツ独自で分析しました。通常のガソリンエンジン車が排出するCO2の量は同一燃料・同一走行条件の下では世界共通です。そのガソリン車を100とすると、ハイブリッド車(HV)の指数は58になります。HVの改良が進んでいきますから50を切る水準になるかもしれません。一方、EVはそれぞれの国の発電状況によって大きく異なります。東日本大震災以前の日本ではEVの指数は31でしたが、今は再エネ+原子力の比率が3.11前の35%が17%まで落ちているため、52まで上昇しています。つまりHV58に対してEV52という状況です。これが中国になるとHV58に対しEV74。これは非効率な石炭火力発電を多く活用しているからです。皮肉なことにEV化を進めるほどにCO2が増えていくわけです。(勿論、中国には走行時の排ガスを減らしたいとか、自動車製造がより容易になって先進国との競争力の差をつめることが出来るなどのEV化への別の戦略がありますが)。一方、フランスは原発中心なのでEV指数はわずか3。EVでダントツにCO2を削減できます」
「いずれにしてもエネルギーとCO2、そして原発の必要性あるいはHVとEVの議論などは、部分最適論では全体最適の答えは出せないということです。我々はこの地球と人類の将来をしっかり見据えた議論で答えを出したいものです」
【略歴】
坂根正弘(さかね・まさひろ)1963年小松製作所入社、1989年取締役、1990年小松ドレッサーカンパニー(現コマツアメリカ)社長、1999年副社長、2001年社長、2007年会長、2013年相談役。経団連副会長などを歴任。2014年に経済産業省総合資源エネルギー調査会会長に就任した。2008年にはデミング賞本賞を受賞している。島根県出身、77歳。