地域で輝く企業

こだわりの素材感。多様な産業を支える「黒いステンレス」

大阪府八尾市のアベル

「アベルブラック」を施した各種製品(右上は細幅コイル材)

 「金属の素材感がある黒いステンレス」にこだわる企業が大阪府八尾市にある。通常の塗装やメッキと一線を画す独自の表面処理技術で、耐久性、耐候性などの性能を一段と向上させ、重厚感があり意匠性に優れた素材に生まれ変わらせる。社名のアベルを基に「アベルブラック」と名づけたこの黒いステンレスは、光学機器や自動車の部品、建築部材などで広く採用され、新たなニーズを次々と開拓している。

「偶然の産物」から始まった

 「アベルブラック」はいまやアベルの代名詞だ。2010年代、需要が急速に伸び、現在は売上高の9割を占めるまでに育った。しかし1965年に近畿薬品工業として創業して以来、主力事業は2000年代までステンレスの電解研磨だった。

 現在への第一歩は「偶然の産物」から始まった。たまたま研磨槽の中に沈んだ製品に色がついていたのを発見。これが薬品に浸(つ)けて化学反応させる化学発色によるステンレス着色法「キンカラー」の1971年の開発につながり、1980年に自動化設備を新設するなど第2の事業に発展する。1970~80年代は集合住宅などで使われるサッシを茶褐色にして、おしゃれに見せるといった建築金物のニーズがあった。

 1985年には建築部材に彩りを求めていた川崎製鉄(現JFEスチール)とステンレスの電解発色「ルミナカラー」の共同開発を開始。翌年にはその設備を新設した。赤、ゴールド、ブロンズなどカラフルな色合いを実現している。1993年には表面を荒らすショットブラスト加工でつや消しの渋い色を実現した「アベルカラー」を開発した。電車内のひじ掛けや新幹線の窓枠、特急「はるか」のドアの持ち手をはじめ、高級感を演出する部品などに採用された。

 「ルミナカラー」の電解発色は電気や薬品の力でステンレスの表面に、無機で透明な酸化皮膜を成長させる表面処理技術。酸化皮膜の厚みに応じ、ステンレスが光の干渉によって黒や赤、青、緑などさまざまな色に見える仕組みだ。膜厚が数百ナノメートル(ナノは10億分の1)と薄く、制御もしやすいのが特徴で、金属の素材感がある色鮮やかな仕上がりを実現した。ステンレスの素地と一体なため剥がれる心配がなく、素地の影響を受けて色のバラつきが出る化学発色の課題も克服した。

 2004年、アベル社長だった居相英機・現会長の長男、居相浩介・現社長が入社する。入社前はソフトウエアの受託開発を行うIT企業に5年間勤め、「下請けをしていたらあかん」と肌身で感じていた。入社して第2の事業の位置にあった「ルミナカラー」を担当。以来、現在まで一貫して電解発色の認知度を高め、「アベルブラック」を主力事業に躍進させた「育ての親」の役割を担う。

居相浩介社長

 「ルミナカラー」は当時、建築部材をターゲットにしていたが、ニーズは想定より少なかった。建築部材としてはライトブラック、ライトブロンズといった渋めの色が人気で、中でも黒は高級感を醸す魅力的な色と分かってきた。そこでニーズを持つ人との出会いを求めて展示会への出展やメーカーの設計担当者らへの面会を重ねつつ、ウェブサイトを使った情報発信にも力を入れた。

 約10年前には色を思い切って「濃い黒」だけに絞り込んだ。実際、展示会で他の色の製品と並べると黒が格段に引き立った。ブースの近くで黒を目の当たりにした人の反応を見れば一目瞭然だった。電解発色はステンレスの表面に成長させる酸化皮膜の厚さの関係から「黒向き」の技術でもあった。居相社長は「お客さまの声を聞いており、迷いはなかった。『黒ならアベル』とした方が個性が際立ち、仕事もしやすい」と振り返る。2014年頃から「アベルブラック」と本格的に名乗り始め、2017年に商標登録もした。

光学機器、自動車、半導体関連など幅広いニーズに対応

 「アベルブラック」は成形品のほかコイル材も手がける。いずれも表面処理前のステンレス素材に比べ、優れた光の反射防止効果があるほか、熱の放射率や耐食性、耐熱性、耐候性、耐薬品性も向上する。見た目の美しさと機能性を兼ね備えている。こうした特徴を基に建築部材のほか機能性部品にも目を向けた。ニーズの掘り起こしを続けた結果、用途は2010年代に大きく広がった。光学機器の部品が「突破口」となった。反射を抑える黒はカメラの部品にうってつけで、視野枠や絞り羽根、遮光板などさまざまな部品に採用された。デジタルカメラだけでなく、スマートフォンや車載カメラ、監視カメラなど多彩な需要がある。

 携帯電話の外装部品やテレビのスピーカーの部品などの仕事も一時は数多く手がけたが、近年は自動車部品の仕事が多い。高級車の外装部品の採用実績を積み重ね、内装部品や構造部材の引き合いも増えている。高級感を演出する建築部材として商業施設やオフィス、ホテルなどの内外装にも多く使われるようになった。このほか液晶周辺で使う部品や半導体製造装置の精密部品、送電線の保護被覆部材、手術用の器具、宇宙関連など幅広い分野でニーズを開拓している。

特殊研磨を施した「アベルブラック」の素材

海外展開拡大を視野、地域貢献も積極化

 今後もさらなるニーズの開拓を進める一方、本格的な海外展開を視野に入れる。欧州は日系の商社を通じてまず建築部材の輸出を模索しており、将来は自動車部品や高級家電部品の参入も目指す。中国を含めたアジアは家電部品に商機があるとみており、新型コロナ収束後に動き出せるよう準備している。

 アベルは地域貢献の取り組みにも積極的だ。2018年から地元の近畿大学の学生向けにインターンシップを3年間実施。2020年には他大学の学生向けにも短期で実施してきた。2020年に経済産業省の「地域未来牽引企業」に選ばれたのを機に、大阪府立大学工業高等専門学校(大阪府寝屋川市)との接点も生まれた。「学生に地域の中小企業の魅力を伝えてほしい」という府立高専の要望に応えようと、2021年9月には府立高専の学生と大学生を招き、初めて5日間連続で開催した。

2021年9月に開催したインターンシップの一コマ

 ステンレスの基礎知識を座学で学んだり、電解発色や電解研磨の実験をしたり、学んだ加工法の生かし方について討論したりとプログラムは盛りだくさん。教える側の社員が熱心に指導し、学生も前のめりで真剣に話を聞く。「学生の熱意はものすごい刺激になる」と居相社長は手応えを語る。今後、インターンシップをさらに拡充するなど地域の学生と接点を持つ機会を増やしたいとしている。

 また、地域の町工場が一体となって工場内を市民に公開するオープンファクトリーのイベント「FactorISM(ファクトリズム)」に参加している。2020年に続き、2021年も2年連続の参加で、ステンレスに独自の黒色を着ける「アベルブラック」を体験するイベントを企画している。学生や一般市民に工場のリアルを伝える取り組みにも積極的だ。

 
【企業情報】
▽所在地=大阪府八尾市南太子堂1-1-42▽社長=居相浩介氏▽創業=1965年(昭和40年)4月▽売上高=約5億円(2021年3月期)