DX時代のスポーツ資金循環の創出:スポーツとエンタメと公益をつなぐには
スポーツ産業は企業にとっても新たな事業の柱になる可能性を秘めている。高速大容量通信などテクノロジーの発達がスポーツの楽しみ方を変え、新たなサービスが続々と登場し始めている。デジタルを活用することで収益化できたり、効率化できたりする既存の領域も少なくない。このDX時代に、スポーツ産業をどのようにコンテンツ・データ産業へと変貌させ、スポーツの「稼ぐ力」を高めるか。民間企業の取り組みからヒントが見えてくる。
「競輪」を変えたアプリ
「競輪」と聞けば高齢の男性に支持されている公営競技という印象だろう。
そうした競輪のイメージを変えつつあるのが、ミクシィの取り組みだ。2020年6月に開始したスマートフォンのアプリ「TIPSTAR(ティップスター)」は、アイドルやお笑い芸人が毎日競輪を話題にライブ配信して予想するなど、楽しみを共有できる。利用者の3割が女性で、20ー30代が多い。
SNS「mixi」やスマホゲームの「モンスターストライク」で成功を収めた同社がなぜスポーツに着目したのか。キーワードはエンタメとコミュニケーションだ。
木村弘毅社長は「スポーツは他のライブエンターテイメントと比べても観客と選手の共感が生まれやすい」と語る。
観客が選手の一挙手一投足に注目し、一喜一憂する。この盛り上がりを一時的なものに終わらせない方法はないか。木村社長が世界を見渡した時、魅力的に映ったのがスポーツベッティングだった。つまり、スポーツが持つ唯一無二の体験価値が、スポーツベッティングを介すことで盛り上がりを増すのみならず、新しい商流から大きな資金環流が生まれ、スポーツに、コンテンツ価値の拡大と、社会的意義の拡大をもたらしている。日本国内でベッティングのような仕組みはできないかと考え、競輪事業にたどり着いたのだ。
10月2日からはスポーツ競技としての「ケイリン」の国際ルールに則した自転車トーナメント「PIST6チャンピオンシップ」をJPFと運営する。さらに、そこでは券売場などは設けず、「TIPSTAR」だけで投票する。まさに、DX時代のスポーツベッティングの姿をそこに見ることができる。昔ながらの公営競技だった競輪をオンラインでみんなで楽しめる遊びに昇華させる挑戦は続く。
ミクシィではさらに、プロバスケットボールチーム「千葉ジェッツ」の運営など地域に根ざしたビジネスにも力を入れる。木村社長は「海外に比べると日本のスポーツ産業の規模は現時点では小さいが、ポテンシャルは高い。収益化できるモデルをつくって、ビジネスとして循環させていきたい」と語る。
正の循環で社会を変える
スポーツベッティングはスポーツ産業の構造を大きく変え、スポーツが稼ぐ力を飛躍的に高める可能性を秘めている。また、ベッティングの収益が還元されれば、スポーツ産業全体の底上げにもつながる。
サイバーエージェントの試算では日本のベッティングの市場規模は年間7兆円ともいわれている。仮に、5%がスポーツ振興に振り向けられたとすると3500億円。スポーツ振興くじ(toto)の助成金が2002年からの累計で2000億規模である現状と比べても桁違いの財源になる。
もちろん、日本におけるベッティング解禁は一足飛びには実現しないだろう。
「今の法律の枠組みの中でできるのは何か。それがファンタジースポーツだった」。
マイネットの岩城農常務取締役は自社の試みをこう位置づける。
利用者が仮想のチームをつくり、実在の選手のデータを使って競い合うゲームの一種である「ファンタジースポーツ」。仮想のドラフトで獲得した選手が、実際に行われた試合でどれだけ活躍したかで自動的に勝敗が決まる。現実連動型のシミュレーションゲームといえる。
米国では熱狂的な支持を得ていて、賞金制度なども設けられているが、日本では現時点では純粋にゲームとして楽しむ仕組みだ。
同社では2021年6月にファンタジースポーツに参入、『プロ野球#LIVE2021』の提供を始めた。
「自然と毎日の試合の結果が気になるようになる。没入感が高まって、日々の試合が楽しめるようになる」。
スマホゲームを主力とする同社がスポーツDX事業を展開し始めた背景を岩城常務はこう語る。
「スポーツは熱狂できるコンテンツだが、日本ではその熱狂を共有できる環境が少ない。ファンタジースポーツは北米では約9500億円の産業になっている。日本でも3000億円程度の市場のポテンシャルはある。ただ、そうした市場に成長させるには、選手にひもづく細かいデータの権利や肖像権などを整備したり、データを使ってどのようなビジネスを展開するかも考える必要がある。それらはスポーツを純粋に楽しむファンを広げることにもなるし、データが土台になるベッティングの解禁の備えにもなる」。
データの整備を進めるには選手やクラブチームの意識も変わらなければいけない。マイネットはプロスポーツクラブ(FC琉球、滋賀レイクスターズ)経営のDXも支援している。
「DXといっても特別なことから始めるわけではなく、予実管理やデータ取得の仕組み化からデジタル化を進めている。デジタル技術を使ってリアルの世界も収益化していくことが、産業としてのスポーツを活性化させる。クラブと周辺産業が両輪で成長し、両輪が回って収益が選手に還元されることで、競技レベルが上がる。スポーツへの投資も増える。そうした正の循環を社会に生み出したい」。
コロナ禍でスポーツ業界に逆風が吹くが、消費者の新たな体験価値への関心は高い。スポーツの世界で誰もがメリットを享受できる世界を構築する枠組みをつくれるか。民間企業への期待も大きい。
スポーツ政策論に詳しい早稲田大学スポーツビジネス研究所の間野義之所長(地域×スポーツクラブ産業研究会座長)に地域とスポーツクラブ産業の今後のあり方について聞いた。
人口動態からしても、学校単位での部活動が地域によっては成り立たなくなるのは数十年前から自明だった。教員の過剰労働を契機にようやく地域移行の議論が本格的に始まった。今回、研究会で一歩踏み込んで持続的なモデルを模索したことはそうした状況に一石を投じることができたのではないか。
今後は(部活動の受け皿となる地域スポーツクラブの)サービスの質をどれだけ上げられるか、全国に供給できる枠組みをつくれるかがポイントになる。部活動はこれまで教員の事実上のほぼ「ただ働き」で成立していた。学習塾にお金を払うのに抵抗はなくても、部活動にお金を払いたくないと考える保護者も少なくない。そうした発想を変えるには、「お金を払ってもいい」と思わせる質の高さや環境をつくるしかない。
もちろん、家計からの支出を最低限に抑えたり、経済的に困窮している家庭を支援したりする仕組みも求められる。そのためには、研究会の提言にあるようにスポーツ産業の収益構造そのものを変えなければならない。
スポーツベッティングの導入は有効な手段だが、大義が必要になる。スポーツ振興くじ(toto)の立法過程のようにPTAなどの反対も予想されるし、競馬などの公営競技との市場の奪い合いも懸念される。パンデミックを経た新しい教育のあり方のみならず、健康や福祉なども含めて、持続可能な社会を実現する新たな枠組みの財源として位置づけ、世論を形成すべきだろう。
まの・よしゆき 早稲田大学スポーツビジネス研究所所長、早稲田大学スポーツ科学学術院教授。博士(スポーツ科学)、専門はスポーツ政策。
※10月の政策特集は「ポイント解説!経済・産業政策」。経済産業省がどのような成長戦略を描き、どう実現するのか。政策の狙いや政策担当者の思いをインタビューし、解説する。