政策特集スポーツ産業は社会を変えられるか? ポスト東京2020のDX・エンタメ・部活・施設・資金循環の姿 vol.2

学校部活動の地域移行と、地域スポーツクラブの未来

「ソシオ成岩スポーツクラブ」では中学生が指導役になることも。

 地域住民が主体になって世代、種目、楽しみ方の壁を越えてスポーツを楽しめる「総合型地域スポーツクラブ」。今後は、中学校・高校の部活動が地域移行する際の受け皿としての期待もかかる。「ソシオ成岩(ならわ)スポーツクラブ」(愛知県半田市)は、全国に先駆けたモデルとして活動してきた総合型地域スポーツクラブ。それはどのように設立され、これまで運営されてきたのか。また、「成岩モデル」から見える「部活動の地域移行」の壁は何か。

地域クラブ、学校を補完

 「学校だけに任せず、地域で子供を育てる思いは実を結びつつある」。ソシオ成岩の榊原孝彦マネージングディレクターは四半世紀の取り組みを振り返る。

 1995年、愛知県半田市が文部省(現文部科学省)の総合型地域スポーツクラブのモデル地区に指定されたのを受け、1996年に成岩スポーツクラブ(現ソシオ)が発足した。「スポーツを通じて地域のみんなで子供たちを育てよう」。当時、成岩中の教諭だった榊原氏を中心に、学校やPTA、地域のスポーツチームなどが連携。当時は学校が週5日制へ移行しようという時期だったこともあり、成岩中学はいち早く週末の部活動をやめて、土日に活動する生徒は会費を負担し、任意にクラブに通える環境を整えた。

 2002年にNPO法人化、2003年には成岩中の体育館の建て替えを機に、中学校敷地内にアリーナやスタジオ、テニスコートなどを備える4階建てのクラブハウス(社会体育施設)が学校と地域の共同利用施設として完成した。クラブが指定管理者となり、野球、サッカー、バスケットボール、太極拳やヨガ。未就学児から90歳代まで、誰でもスポーツを楽しめるよう事業を展開する。

成岩中の敷地内に立地するクラブハウス。

 今では、ソシオと呼ぶ協賛会員が約2800人に拡がり、地域住民(成岩学区)の1割以上がクラブを支えている。彼らが持ち寄る協賛会費や参加費等の事業収入を合わせると年間の売上高は7000万円を超える。運営は常勤スタッフ5人とパート・アルバイト12名が当たるほか、指導者には専門的な外部人材の活用と併せて有償ボランティア53人がアシスタントとして加わる。

 トレーニングマシンのあるスタジオ


クラブハウスにはカフェスペースもある

 榊原氏は成功の要因を「当時の学校側が、『自分たちも部活動を改革し、いっしょに汗をかくからぜひやりましょう』と、地域に働きかけて一体になれたことが大きかった」と指摘する。

 しかし、理想は全て実現されたわけではない。ソシオ成岩では、バスケットボールなどの強豪実業団や海外のクラブを経験した元アスリート達が常勤スタッフとして勤務し、コーチングも行っている。特にバスケットボールがもともと盛んな愛知県という土地柄もあり、高いレベルの指導を求める生徒達は、平日や休日の夜になると、成岩中だけでなく近隣から沢山の中学生がクラブハウスに通ってくる。しかしなぜ「夜」なのか。実は、この中学生達は、学校の「部活動」の練習以外の時間にここに来てバスケットボールを楽しんでいるのだ。つまり夕方と夜の「2階建て」ということだ。

 榊原氏はこう説明する。「部活指導をしたい中学校の先生はたくさんいる。大会参加への問題もあるので、今は中学生年代についてはクラブとしてのチーム登録・選手登録はせず、質の高い環境を求めてくる子たちに向けたスキルアップの場に特化することにした」。

 成岩クラブを訪問したことのある経済産業省の浅野大介サービス政策課長は言う。「中学生も『成岩クラブ』としての活動に一本化はできないものだろうかと感じている。せっかくトップスポーツを経験した元アスリートがいるのだから、その指導の下で、90分かそこらの密度の濃い練習やゲームを行えば、そのあとの時間は遊びや趣味、勉強、そして体のリカバリーに回せるのではないか。成長期の子ども達に「やりすぎ」状態も怖い。部活指導をしたい先生はクラブのコーチを兼業して一緒にやってはどうかなと思う。」

 教職員の兼業・副業の実効性や、クラブ・部活の隔てのない大会参加資格など、地域スポーツクラブが部活動と並ぶ選択肢になるためには課題がまだまだ沢山ある。榊原氏は「学校部活動体制の中、地域移行には制度的な改革も必要だ。25年にわたり草むらを一歩、一歩かきわけるようにクラブを経営してきたが、まだ目的の実現には6合目程度なのかな」と語る。

「ソシオ成岩スポーツクラブ」の子どもたち

学校教育から切り離し、趣味の場に

 なぜ、学校から部活動を地域に移行する必要があるのか。学校問題に詳しい名古屋大学の内田良准教授に聞いた。

名古屋大学の内田准教授。

 -部活動での教員の過重労働が問題になっている。

 「部活動は『教育課程外』の付加的な活動で本来は『やってもやらなくてもいい』。だが、学校によっては生徒は入部を強制され、教員は顧問就任を強制される。『やってもやらなくもていい』から制度の手が及ばず、過剰労働の問題も含め矛盾に矛盾を重ねてきてしまっている」

 -部活動は学校のものと考えている教員も多い。

 「教員にとっても、部活動は楽しく、達成感や一体感を味わえる意義がある。しんどいけれども楽しいが故に過熱してしまう。大会で勝てば保護者からの信頼も増して、ますますのめり込むようになる。制度化された活動でないから、加熱に歯止めがかからなくなる。学校の中で抑制できない今、部活動を学校の外に切り離すことが重要だろう」

 「重要なのは学校をひきずらないこと。学校単位でなく、他校の生徒も入り交じりながら週3日くらいの活動で、趣味のような場にするのが理想だろう。そうなれば、部活動が勝利至上主義や内申書や入試とも無縁になる。そこで初めてスポーツを純粋に楽しめる環境が整う。単に地域に移行しただけでは、(学校から地域への)看板の掛け替えで終わってしまう」

 -地域移行すれば解決するわけではないと。

 「地域移行には賛成だが、地域移行すれば全て解決するような風潮はおかしい。移行して誰が担うのか、どのような枠組みにするのかを議論を重ねる必要がある。国や民間が知恵を絞り、(利用者にとって)低コストで持続可能なシステムを考えなければいけない」

 「保護者も含めて認識しなければいけないのは、部活動は教員のほぼ無償労働で回っているという現実だ。部活動の地域移行ではクラブの月会費負担などで保護者の反発もあるが、部活動は多くの先生の犠牲で成り立っている。中には無償でもやりたい教員もいるだろうけれども、多くの教員は負担を感じている。『ただ働き』のシステムを解消する時期にも来ているだろう」
 
 
 内田良(うちだ・りょう) 名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授。博士(教育学)。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『部活動の社会学』(岩波書店)など。