和歌山から世界へ 紀州技研工業が切り拓く〝印字〟の可能性
産業用インクジェットプリンター国内首位
多くの工業製品は、工場の生産ラインの終端部までに製造番号や消費期限、バーコードなどの各種情報が付与されて消費地へと旅立っていく。トレーサビリティー(履歴管理)のための、こうした製品情報は、段ボールなどの梱包資材に印字されて流通各工程で都度確認され、製品の品質や安全の担保に重要な役割を果たしている。生産ラインの一部として今や当たり前のように存在する自動の印字機器を国内で初めて開発したのが、和歌山市に本社を置く紀州技研工業だ。
1968年末に釜中甫干(としゆき)会長が創業。花王の和歌山工場で勤務していた釜中会長は、製品の梱包を担当しており、持ち前のアイデアで業務の効率化を進めていた。当時の段ボールによる梱包では、担当者が製造年月日などの製品情報をゴム印で、一つ一つに手作業で記しており、手間が掛かっていた。
ゴム印の捺印を自動化する機器を構想した釜中会長は、メーカーに開発を提案するも、どこも引き受けてくれなかった。そこで自ら製造しようと一念発起して起業。旋盤とフライス盤を作業場に持ち込み、試行錯誤の上に初号機を完成させたところ、大手食品メーカーでの採用をきっかけに、全国に広がり、ヒット製品となった。
この自動捺印機「ローラーコーダー」は、出荷工程の生産性向上に寄与した。一方で工業製品は、時代の流れとともに印字を必要とする情報量が増えていく。ゴム印では対応が難しくなったことを受けて、1986年に産業用のインクジェットプリンターを開発し、翌年に市場投入。現在も国内シェア1位を誇る主力製品に成長した。
インク・ヘッドの一貫体制を強みに
紀州技研工業の本社は、和歌山市南部に広がる農業地域に立地する。近くには、桜の名所としても知られる古刹・紀三井寺、歴史ある景勝地の和歌浦があり、温暖でおだやかな気候の下、世界に向けて顧客の課題解決につながる競争力が高い製品を生み出している。
釜中眞次社長は「お客さん目線のモノづくりを徹底したい」と、思いを語る。良いモノを開発したら売れるという過去の発想ではなく、開発者の独りよがりにならないよう、常に市場のニーズを捕捉し、顧客の声に耳を傾ける。新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、社会変化のスピードが速まる中、勝ち残りのカギを見いだす。
顧客重視の姿勢は釜中社長の「たとえ難しい相談が来ても、できませんとは断らず、一度持ち帰って考えてみる」との方針に表れている。世の中にまだ存在しないモノだとしても、自社の技術者なら課題を克服できるかもしれない、という開発部門への信頼がある。
その裏付けとなるのが、インクジェットプリンターの心臓部で高精度な微細加工技術が求められるヘッド、印字対象によって工夫が必要となる機能性インクの開発を、ともに内製している点だ。2002年に「機械単体で差別化は難しい。ヘッドもインクも作ろう」(釜中会長)との考えから、インク開発部とヘッド開発部の立ち上げに至ったと言う。
同社は全社員の約3分の1が開発部門に属し、社内でインクジェットプリンターおよびマーキングソリューションを一貫して開発できる体制を強みだ。開発の内製化は、採算面でも優位性が認められる。印字する対象や顧客に応じて、毎回最初から開発をすると、一機種当たりの開発費は膨大になる。インクやヘッドの開発を外部に発注していては、コストだけでなく時間も余計に掛かり、お互いの技術をすりあわせることも容易ではない。
固定費はかかるものの、自社に開発のノウハウを残せるのであれば、たとえ新たな技術が必要な開発でも、それを、将来の提案にも生かしていくことができる。取り組みを通じて、社内技術者が経験を積める点も大きい。
タマゴの殻に直接印字
産業用インクジェットプリンターの印字対象物は段ボールだけでなく金属やプラスチック、セラミックなどさまざま。近年は食品や薬品の錠剤に直接印字するニーズも現れており、顧客から求められる品質や性能の幅も、さらに広がっている。
食品印字の先駆けとなったのが、タマゴの殻への印字だ。消費期限切れのタマゴで発生した食中毒を受けて、食品添加用インクを用いて、タマゴ1個1個に日付を直接印字する技術を開発。さらに偽物防止の目的で、宮崎産完熟マンゴーにも皮への印字が施されており、食の安全・安心に欠かせない技術の一つとなっている。
印字に関する基盤技術を生かし、プリンテッドエレクトロニクス(PE)分野への展開を視野に入れる。金属ナノ粒子専用のインクジェットプリンターを製品化。この技術を用いて宇宙航空研究開発機構(JAXA)の次世代太陽電池「ペロブスカイト太陽電池」実用化に向けた実証実験にも参画。軽量かつフレキシブルな太陽電池の量産プロセスへの貢献を見据えている。
地域の人材とともに世界へ
紀州技研工業は中国やインドにも現地拠点を設け、和歌山発の技術で海外市場の開拓を目指している。本社では今秋、間接部門と開発部門、ショールームが入居する新棟が完成する予定。開発と提案の体制をさらに強化することで、顧客ニーズの多様化と高度化に対応していく考えだ。
釜中社長は、今後の開発の方向性について「一つはメンテナンスの自動化ニーズ、もう一つは物流領域におけるトレーサビリティーの深化に対応する」と示す。工場の省人化への対応では極力メンテナンスのいらないプリンターを要望する声、流通ではある光や温度に反応する特殊なインクの開発、医薬品では錠剤と外箱の情報がリンクするような印字システムの開発が求められるなど、取り組むべきテーマは数多い。
地域を代表するニッチトップ企業として成長を目指す上では、これまで以上に地元人材の確保は課題だ。釜中社長は「自分からやりたいことを発信していけば、大概はできる会社。やりがいはある」と、チャレンジ精神にあふれる社風をアピール。これからも和歌山に根ざし、独創性を生かした印字技術で世界に羽ばたいていく。
【企業情報】
▽所在地=和歌山市布引466▽社長=釜中眞次氏▽設立=1968(昭43)年▽売上高=約74.5億円(2020年11月期)