政策特集改正産業競争力強化法で果敢な未来投資を後押し vol.5

ベンチャー企業の成長支援

金融機関もベンチャーやスタートアップを積極的に支援している(写真は三菱UFJ銀行のビジネスサポート・プログラム「Rise Up Festa」。コロナ禍の21年は完全オンライン開催した。※写真は一部加工しています)

 リスクマネーの供給のあり方は古くて新しい議論のひとつだ。従来に比べて、日本でのベンチャー企業(VB)への投融資は増えてきたが、収益化に時間がかかる「ディープテック」と呼ばれる研究開発型のVBのデット(融資など)での資金供給は不十分との指摘は根強かった。改正産業競争力強化法には金融機関のディープテックへの融資を円滑にする措置が盛り込まれた。また、オープンイノベーションの促進などが期待される国内ファンド(LPS型)の海外投資規制を外す特例も設けた。VBやスタートアップの世界に新しい風を吹き込む可能性がある二つの制度を見ていこう。

待ちわびた制度

 「制度の施行を一日千秋の思いで待っていた。この枠組みを活用した融資の検討もすでに始めている」。三菱UFJ銀行成長産業支援室の剱持隆雄室長は、新たなVB支援の枠組みに期待を寄せる。

三菱UFJ銀行成長産業支援室の剱持隆雄室長

 改正産業競争力強化法では大手銀行や地方銀行のディープテックへの融資を念頭に、債務保証の制度を設けた。3億-50億円の融資額の半分を中小企業基盤整備機構が債務保証する。ロボットや新素材、宇宙関連や半導体などの分野でVBやスタートアップが新技術を実用化する際の資金調達を想定する。制度を利用するには経産大臣から事業計画の認定を受ける必要がある。

 ディープテックなど大型VBは開発が長期にわたる上に、製品の量産段階に入ると多くの資金が必要になる。

 剱持室長は「成長産業の支援は金融機関の社会的使命。そのような意味ではVBへの支援は我々の本分」と語る。

 一方、同行に限らず、将来性という一語で銀行の融資ルールを逸脱して資金供給するのは難しいのが現実だ。「(上場企業への融資に比べた場合)どのようにリスクをマネージするのか常に頭を悩ませてきた。融資できたとしても金額や期間の制約は避けられない。トラディショナルなバンキングだと融資にハードルがあったのも事実」と指摘する。

 そうした中、新たな制度が創設されたことで、VBの成長戦略も大きく変わると剱持室長は見ている。

 「IPO(株式公開)を視野に入れ、『顧客がどのようにビジネスを拡大していくか』を考えなくてはいけない段階でも、これまではエクイティ(増資など)主体の対応となるのが実情だった。デットでの調達が可能になれば、株式を希薄化せずに、事業計画をもう一段階、アップデートさせられる。そのような意味でもVBを支援する我々にとって本当にありがたい制度」。

 制度設計に関わった金融庁総合政策局総務課国際室の田口明日香係長(2021年7月まで経産省に出向)は「VBからは『金融機関に相談には乗ってもらえるが、融資にはつながらない』という声をよく聞いていた。企業の成長ステージに合わせてデットかエクイティかを選べる環境構築につながれば」と狙いを語る。金融機関に対しても「ベンチャーデットは米国では一般的な資金供給手段の一つだが、日本では開拓されていない分野でもあった。金融業界に新しいビジネスモデルが生まれてほしい」と期待を込める。

海外投資に「壁」

 50%-。国内ファンドが海外企業に投資する際には規制の壁が存在する。

 投資事業有限責任組合(LPS)法は外国企業が発行する有価証券への投資を50%未満に制限している。これはLPS法が国内企業へのリスクマネー供給を目的としているからだ。

 「企業活動と同様に国内ファンドの投資活動もグローバルになっている」。東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)の郷治友孝社長は四半世紀での変化を指摘する。郷治社長は経産官僚時代の1998年にLPS法を起草し、その後、自らベンチャーキャピタルのUTECを立ち上げた。それだけにVBを取り巻く環境や制度の変化にも鋭敏だ。

東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)の郷治友孝社長

 「日本人が起業するにしても、今は事業展開からイグジットまで考えると、海外で会社を立ち上げる選択が合理的な場合もある。第三者の事業会社への売却などM&Aは日本では米国など海外より低調だ。たとえば米国の企業にしてみれば、日本企業より米国企業の方が買いやすい。それならば起業する側も最初から米国に会社を置いた方がいいという判断になる。日本人の起業でなくても優れた海外スタートアップを日本のVCファンドに組み入れられた方が日本の投資家にとって良い場合もある。」

 時代も環境も変わり、ファンドもVBもグローバル市場に目を向けているが、規制は残ったままだった。

 「企業にはないこのような海外投資規制がファンドに存在することで、海外投資を検討するファンドの多くは英国領ケイマンなど海外でファンドを組成している。ただ、手続きも煩雑で費用もかかるし、資金が海外に出ざるを得ない。そのようなことになるくらいだったら、国内で規制がない方が日本のVCにとって理想」と語る。

 新たに設けられた「投資事業有限責任組合(LPS)に関する海外投資規制の特例」は経産大臣の認定を受けたファンドは50%の海外投資比率規制の適用を除外される。郷治社長は「認定要件はあるが、第一歩になったのでは」と語る。

 認定を受けるには投資事業計画を策定する必要があるが、そこで求められるのがオープンイノベーションへの取り組み方針だ。

UTECの投資先も世界に広がっている

 郷治社長も「これからはオープンイノベーションの時代」と説く。UTECはこれまでに海外の出資企業と日本の技術やノウハウを結びつけてきている。その一例が、インドで抗生物質が効かない「多剤耐性菌」の薬を開発しているバグワークス社。UTECがバグワークスと抗生物質に詳しい東京工業大学の研究室をつないだ。「新興国にとって日本の抗生物質の知見は大きい。一方、日本の製薬会社は抗生物質の開発に以前ほど積極的ではなく、国内の研究者は日本で知見を十分に活かす場がない」。UTECの出資がwinwinの関係を構築した。

 今回の特例で、国内ファンドによる海外投資が盛んになればこうした事例が日常の風景となってくるはずだ。また、国内ファンドの投資先が限定されなくなれば、海外投資家を日本のファンドに呼び込みやすくなる環境も整う。国内の更なるリスクマネーの増加も期待できるだろう。

 ※次回は「規制改革の推進」を紹介する。
 
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