未来を切り拓く「両利きの経営」
これからの日本企業のあり方とは?
新型コロナウイルスの感染拡大などで、企業の経営環境は大きく変化している。どう舵取りをしていけばいいのか、悩みを抱える経営者も少なくない。こうした中、既存事業を「深化」させながら、新たな事業機会の「探索」を同時に行う、「両利きの経営」が注目を集めている。
不確実性が高まる時代で、日本企業はどうあるべきか。両利き経営の必要性を説き、数多くの企業の事業改革や経営再建を導いてきた経営共創基盤の村岡隆史最高経営責任者(CEO)に聞いた。
産業再生機構が残したもの
―大手銀行や外資系証券会社を経て、産業再生機構※に参画されました。
「あらためて振り返ると、産業再生機構は過去30年間で最も成功した政策の一つではないかと思います。経済産業省、財務省などから中堅・若手を中心に各省庁から人材が派遣され、省庁間で垣根を越えた共同チームが組織されました。そして民間からも多様な人材が参画した国家プロジェクトでした。発足当初は、いわゆる組織の壁を目の当たりにしましたが、6カ月くらい一緒に仕事をしていると、次第にシナジー(相乗効果)が発揮されます。4年間の活動で残せた財産は大きく、日本における『企業再生のプラットフォーム』が確立できたと感じています」
※ 産業再生機構 国の出資で2003年に発足した、株式会社形態の認可法人。当時問題化していた金融機関の不良債権を買い取り、公的な管理下で企業の経営再建を行った。約4年の活動期間中に41件の支援を実行。2007年に業務完了のため解散した。
―経営再建の基本的な取り組み方や、考え方が初めて標準化されたと。
「職員のみならず、銀行や監査法人などプロジェクトに携わった人の間で、経営再建のノウハウが共有されたのちに解散しました。それらは、今でも受け継がれており、日本企業の私的整理の取り組み方は、そのときに確立されたといえるでしょう」
―冨山和彦会長(前CEO、元産業再生機構COO)らと経営共創基盤を創業したのは、こうした取り組みを続けていきたいという思いがあったからでしょうか。
「そうです。それに加えて、企業の成長支援や創業を後押しする仕組みづくりにも取り組みたいと考えていました。また、企業再生で一番重要なのが経営者です。機構による経営再建を受け入れた場合、既存の経営陣は退任します。新たな経営者を探そうとしても国内には選択肢が少なく、マネジメント人材が豊富な米国との差を痛感しました。経営者の不足は日本企業の活力低下を招いており、経営者候補を育成する組織の必要性を感じていました」
本業の「深化」が新規事業の「探索」につながる
―企業の経営環境が変化する中で、あらためて「両利きの経営」が注目されています。これをうまく実践し、成長につなげるためのポイントを教えてください。
「ポイントは二つあると思います。まず、『深化』と『探索』は明確に区別できるものではありません。本業が持っている強みを深化させていくことが、新しいことの探索につながる場合もあります。これまでとは全く違うことに取り組む方がイメージしやすいですが、既存分野のなかで新規事業に応用できることを探索する方が、成功する確率が高いと思います」
「もう一つは、経営のトップが自ら新規事業の探索に関わることです。例えば、探索活動の一つにM&A(合併・買収)がありますが、交渉の最前線に経営トップが出てくる企業は探索力が強いと感じます。新規事業には当然リスクがあります。トップは決定権を持ち、リスク判断を行う立場ですから、最前線で交渉に携わるべきです。そして、既存事業から離れても、稼ぎ続けられる仕組みを作らないと、経営者は前線に出ていけません。状況に応じて意思決定の権限を整理することが求められます」
―過去のやり方や成功体験に固執せず、それを捨てていくというのは、経営者にとって難しいことの一つです。
「居心地の良い場所に留まることが最も快適ですが、それでは環境変化に対応できません。意識的にそこから出ていかないと、成長は望めないでしょう。日本は比較的、競争の緩い市場であり、変わらないといけないというプレッシャーが弱い面があると思います。とりわけ、現在の資本市場では、ゼロ金利政策が続いており、資本の調達コストが低い状況が続いています。銀行から低金利で資金を調達でき、企業は稼ぐ力が低くても借り入れを返済できてしまいます。これが競争力が高まらない一因になっていると思います」
「オーナー力」を強く
―「両利きの経営」に成功している企業はどんなところがありますか。
「あるオーナー系中堅消費財メーカーの事例ですが、ニッチ分野で力を磨き、売上高は20年間で約10倍になりました。この企業の特徴は、一人ひとりが製造から営業、商品企画など多角的に携わる『分業しない』モノづくりを重視していることです。一般的には分業化によってモノづくりの効率は高まるのですが、敢えてその逆を行っています。それは、経営方針として顧客ニーズを先んじて取り込み、自社がいち早く変化をするためです。経営者は勿論、幹部の一人一人が広範囲であり、かつ専門的な知識を持つことにより、顧客ニーズに対する変化のスピードが圧倒的に早くなります。だから、分業せず、経営者の目線で考える人材を増やすことが、環境変化への対応力に繋がるのです」
「新規事業を探索する際にも、モノづくりだけでなく値決めや知財関係、アフターサービスなど、全ての課題に対処することになります。交渉の場では、それらを専門的なレベルまで理解し、議論することが求められます。経営陣の中にオーナーと同じ目線・権限を持てる人を組織にどれだけつくれるかで、企業の探索力は左右されます。こうした『オーナー力』を強くすることこそ、両利き経営の要諦です」
―厳しい市場環境を政府も憂慮しており、こうした中で日本企業を支えるため「改正産業競争力強化法」が成立しました。この改正をどのように受け止めていますか。
「例えば、脱炭素化投資への税額控除は最大10%で、これまでの優遇措置と比べても充実しています。ただ、こうした措置が脱炭素化に向けた企業の思い切った投資判断の決め手となるためには、先立って発表された2兆円規模のグリーン・イノベーション(GI)基金のように、さらに踏み込んだ政策が必要です。政策が大きな効果を発揮するためには、縦割りの組織を超えて議論し、最適解を導くことが求められます。経済産業省だけでなく、省庁、官民の壁を超えた政策に大いに期待しています」