政策特集改正産業競争力強化法で果敢な未来投資を後押し vol.3

「デジタル化」への対応

日立製作所のDX推進拠点「Lumada Innovation Hub Tokyo」。アイデアを具体化し試作品づくりなどができる空間も。

 「9割以上の企業がDXに全く取り組めていない(DX未着手企業)レベルか、または散発的な実施に留まっている状況(DX途上企業)」

 経済産業省が2020年12月に公表した「DXレポート2(中間取りまとめ)」には企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が限定的である状況が示された。2018年9月にまとめた「DXレポート」の公表から約2年、企業のDXが進まない状況が浮き彫りになった格好だ。今回の改正産業競争力強化法はこうした現状を踏まえ、企業の抜本的な変革を税制面からも強力に後押しする姿勢が透けて見える。

デジタルと企業変革が要件

 DX投資促進税制の企業にとってのメリットは大きい(表参照)。DXに必要となるクラウド技術を活用した関連投資(新設するソフトウェアやこれに付随する機械装置など固定資産)を対象に最大5%の税額控除が適用される。30%の特別償却を選択することも可能だ。

 特徴的なのは認定を受けるにはデジタルと企業変革の二つの要件を満たさなければいけない点。データ連携やクラウド技術の活用などのデジタル要件だけでなく、ROA(総資産利益率)や売上高の成長率などで明確な数値指標が設定されている。部門ごとではなく、全社レベルの企業変革を促す姿勢を鮮明に打ち出している。

DX投資促進税制の概要

 自社で整備してきた複雑なシステムからクラウドベースのシステムへの刷新は、DXの第一歩にはなるがゴールではない。経済産業省の経済産業政策局産業創造課の浅海凪音係長は「単にソフトウェアを導入するだけで終わって欲しくない。デジタル技術を使って、ビジネスモデルそのものを変えてもらいたい」と意識変革の必要性を訴える。

DXを阻む「意識の壁」

 日立製作所のITデジタル統括本部DX戦略推進部の冨田幸宏部長も「DXにはまず意識変革が重要」と語る。「経営者が必要性を感じていても、従業員にしてみれば大きな課題や問題が発生していない業務をなぜ変革する必要があるのか疑問を抱きがち」と指摘する。

 同社の場合は「幸か不幸か業績の悪化で従業員全体に危機意識が生まれた」と振り返る。リーマンショック後の2009年3月期に製造業最大の赤字(当時)を計上したことで意識改革の環境が醸成され、その延長線上でDXに取り組めたという。

 冨田部長は「推進の『仕掛け』も欠かせない」と語る。「縦割りでDXを推進したままでは、ノウハウが埋もれて、社内で重複の投資も生じかねない。事業横串の全社共通のプラットフォームを整備してノウハウを一元化することが重要な課題」と述べる。

 日立では共通基盤「Lumada(ルマーダ)」を整備。Lumada上でソリューションを開発し、アプリケーションをパッケージ化している。社内外問わず、クラウド基盤上で利用できるため、社内でのDX活用だけでなく、ベンダーとしてのソリューション提供も容易にしている。すでにLumadaのデジタル基盤には1,000件を超えるユースケースが蓄積されている。

 日立は自社の経営の根幹にDXを据えるだけでなく、ITベンダーとしても日本の先頭を走る。それだけに今回の税制を「グループ会社間や他企業とのデータ連携を検討している企業にとっては活用しやすい。DX推進やデータ活用に向けた大きな動きにつながるのでは」と期待を込める。

DXには協創も欠かせない。日立のDX推進拠点でアイデア創出の場となる「Co-Creation Studio」。

問われる「企業の『本気』」

 実際、DX投資促進税制は幅広い業種でDXが加速する契機になる可能性が高い。イオンのICT推進担当責任者の櫻庭博文氏は「小売業ではソフトウェア投資は(店舗投資などに比べると)後回しになりがちだった。非常にありがたい制度」と好感をもつ。同社は2025年度までの中期経営計画でデジタルシフトの加速と進化を成長戦略に掲げる。

 そのひとつが、ネットスーパー事業の拡大や店舗の自動化、デジタル化だ。スマートフォンを活用した「レジゴー」やキャッシュレスセルフレジの導入、AIカメラなどデジタル技術を駆使した次世代店舗の出店を加速する。「グループの子会社は約300あり、デジタル化への投資はこれからの企業も多い。DX投資促進税制は(企業変革が要件にあり)『会社としてDXに本気を示すこと』も条件になっている。推進する部門としても旗をふりやすい」と述べる。

 イオンでは同時に、グループ横断の共通デジタル基盤の整備も急ぐ。事業会社ごとに分散していた顧客IDや購買データを統合してデジタルインフラを構築する。グループ全体のDX推進担当デジタル企画チームリーダーの八木勇乃輔氏は「経験や勘ではなく、当社に集まる膨大なデータを活用した行動変容をグループで促したい。それによって顧客満足を高めていく」と語る。

 DXは一部門のコスト削減や効率化の手段ではなく、顧客価値を高めるのが目的だ。社会全体が変わろうとしている今、中長期的な視点からDXが業界や自社の事業や組織にどういう影響を及ぼすかを見極め、場当たり的ではない投資のロードマップを描けるかが問われている。企業にとってDX投資促進税制の活用を検討することは、自社の成長戦略を見つめ直す大きなきっかけにもなるだろう。

 ※次回は、上場企業が会場を実際に設けず、インターネット上だけで株主総会を開く「バーチャルオンリー株主総会」の解禁を取り上げる。

【関連情報】

DX認定制度(情報処理の促進に関する法律第三十一条に基づく認定制度)