政策特集改正産業競争力強化法で果敢な未来投資を後押し vol.2

「グリーン社会」への転換

企業のカーボンニュートラルへの意識も高まっている。省エネルギーセンターなどによる省エネ診断は工場内の「脱炭素」への一歩目にもなる

 政府は2050年にカーボンニュートラル・脱炭素社会の実現を目指す方針を2020年10月に宣言した。同年12月には「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定。「経済成長の制約」という温暖化への従来の発想を転換し、「成長の機会」と捉えて産業構造に変革をもたらす姿勢を打ち出している。ただ、カーボンニュートラルは一足飛びには実現できない。企業は2050年への針路をどう定めるべきか。今回の産業競争力法の改正にその解を見出すことができる。

 「炭素生産性」

 多くの人には耳慣れない言葉だろう。国際政治の世界では、主に2000年代以降、「CO2排出1トン当たりの経済規模」として使われてきた。先進諸国が低炭素化と経済成長を両立させる政策に乗り出し、経済が拡大する中国やインドなどの新興国や途上国にも同様の政策を促してきた。

 そして、この言葉が、これからは、中小企業を含め多くの企業にとって無縁ではない時代がすぐそこまできている。産業競争力強化法改正のキーワードのひとつであり、多くの企業のグリーン社会への転換を支える概念になる。

 「非常にシンプルな概念。より少ないCO2でより多くの収益をという発想」と説明するのは経済産業省環境経済室の水野遼太補佐。「例えば環境負荷を気にせず操業している工場とクリーンな工場が同じ利益を上げていたら、後者の炭素生産性が高くなる。生産性向上とCO2削減を両立する指標と考えてもらえれば」と語る。

カーボンニュートラル実現を促進

 温室効果ガスの排出量をゼロにする「脱炭素化」の流れが世界的に加速しているのは周知の通りだろう。日本政府もカーボンニュートラルに向けて、大胆な投資やイノベーションを後押しするため、成長が期待される産業で高い目標を設定し、政策の総動員を表明している。今回取り上げる「カーボンニュートラル実現に向けた投資促進税制」もそのひとつになる。

 柱は大きく2つ。ひとつは、脱炭素化の効果が高く新たな需要拡大に寄与することが見込まれる製品の生産設備の導入に対して、10%の税額控除または50%の特別償却を措置する。対象設備は、化合物パワー半導体、燃料電池、電気自動車等向けリチウムイオン蓄電池、洋上風力発電設備の主要専用部品の生産設備である。

 杉浦岳暁係長は「日本が技術力を持ち、CO2削減効果が大きく、これから市場の形成が見込まれる技術を後押ししていく狙いがある」と語る。

 そして、もうひとつが冒頭で紹介した「炭素生産性」を高めて環境と経済の両立を目指す取り組みの支援だ。具体的には、事業所などの「炭素生産性」(付加価値額/エネルギー起源CO2排出量)を向上させる計画に必要となる設備の導入に対して、最大10%の税額控除または50%の特別償却を措置する。

 脱炭素を掲げても、革新的な技術が急に普及し世界が一夜にして変わるわけではない。多くの企業が自社で先端技術を保有しているわけでも開発しているわけでもない。それでも、ビジネスを継続しなければいけない。杉浦係長は「環境の変化に適応して、今までより環境負荷を下げながらも、これまでよりも大きな付加価値を生み出す必要がある。そのための税制度」と説明する。

 水野補佐が「幅広い事業者に活用してもらうことを意識した」というように、適応する業種も、製造業だけでなく幅広い業種、規模で活用できる設計になっている。炭素生産性の概念も測定方法も明確で、細かい要件もない。税制の概要発表後、問い合わせも非常に多く、企業の低炭素への対応の意識の変化がうかがえる。

カーボンニュートラル実現に向けた投資促進税制の概要

コストではなく成長の機会に

 省エネルギーセンター(東京都港区)の中島康久センター総括も「企業の省エネに対する意識は確実に高まっている」と語る。政府のカーボンニュートラル宣言のみならず、グローバル企業がサプライチェーンや製品ライフサイクルでのカーボンフリーを進める動きが本格化したことが背景にあると指摘する。

 同センターでは年間エネルギー消費量(原油換算)1500キロリットル未満のビルや工場の省エネを支援している。電力や熱の使われ方を専門員が調査し、設備の運用改善や改修の提案を盛り込んだ診断報告書を作成する。自治体が同センターなどの省エネ診断を受けることを条件に設備の更新を補助する仕組みもあり、相談が増えている。

 秋山俊一理事は「中堅中小企業の場合、まず、いかに自社のエネルギー使用にムダがあるかを『見える化』するところが最初のステップ」と語る。「経済環境が悪化すると、売り上げをどうにかして伸ばそうと考える経営者は多いが、エネルギー使用のムダを減らそうと考える経営者は多くない。『省エネは売り上げを上げるのと同じ効果がありますよ』と伝えるとみなさん顔つきが真剣になる」。

 そうした状況だけに、設備更新による省エネの余地も大きいが、設備の更新は先送りされがちなのも現実だ。「設備更新はコストと捉えている経営者が多いが、コストを減らせる。最新鋭の省エネ設備を導入すれば、エネルギー使用量が減って、コストは中長期では減らせるが、なかなか更新のきっかけがない」と語る。

 中島総括は「そうした環境を考えると、今回の税制はひとつのきっかけになるのでは」と指摘する。

 まさにこの「きっかけ」づくりこそが政策担当者たちの狙いでもある。水野補佐と杉浦係長は「将来的には必要な投資を前倒ししてもらう。今できることは早めにやってもらえれば」と声をそろえる。

 世界は今、脱炭素をコストではなく、成長の機会につなげようとしている。企業一社一社も同じ意識を持てるか。今回の税制措置は、地球環境を取り巻く変化の波に乗ろうとする企業には強力な武器になる可能性を秘めている。

 ※次回は、コロナ禍で加速する企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)をどのように支援するか。DX投資促進税制の狙いに迫る。
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改正産業競争力強化法の詳細について