政策特集フェムテックで企業が変わる、社会が変わる。 vol.2

AIを使って不妊治療を支援する

フェムテック先進事例1、vivolaの角田夕香里CEOに聞く

vivolaの角田夕香里最高経営責任者(CEO)

 vivolaは、AI(人工知能)を使って、不妊治療を支援する、不妊治療AI検索サービス「cocoromi(こころみ)」を展開している。不妊治療に成功した人のデータベースから自分と似た同質性の高い治療方法を検索できるサービスで、フェムテックをデータと強く結びつけて、治療をサポートするという新たな取組で、急成長を遂げようとしている。先進事例の舞台裏を探った。

 cocoromiサービスはどう生まれたのだろうか。

 vivolaの角田夕香里最高経営責任者(CEO)はこう語る。

 「私自身が不妊治療を受ける過程で、産婦人科医から35歳以上の出産で子どもの染色体異常比率が極端に高くなるデータを見せられ、衝撃を受けたのがきっかけだ」。データとの出会いが角田CEOの人生の大きな岐路となった。

 多くの女性は自らのライフステージとキャリアのバランスについて、真剣に学ばなければならないという自覚に乏しいが、こうしたデータを若い時から知っていれば、より早い段階でさまざまな選択肢を検討することが可能になる。また、不妊治療を始める時に、今受けている治療が自分の年齢や体質に適しているのか疑問に思っても、現状、客観的な公開データがあまりにも少ない。こうした状況に、何か役に立つサービスができないかというのがcocoromiの原点にある。


エビデンスに基づく不妊治療が求められている


cocoromiの同質データ

 不妊治療に関して、具体的に、日本ではどういったデータが足りないのだろうか。

 角田CEOは、「日本では、年齢のデータぐらいしか公表されていないが、年齢だけでなく、採卵や移植の平均回数、治療にかかる期間や費用などの同質データが必要だ。エビデンス(合理的根拠)に基づいた治療が求められている」とし、エビデンスの重要性を説く。

 不妊治療については、現在、日本は自由診療の扱いとなっており、医療機関によって独自の治療方針を採っている。例えば、体外受精では、成熟した卵子を採卵するために卵巣を刺激して卵胞を育てる卵胞刺激を行うが、その方針や方法は医療機関によって違いがある。ホルモン剤を多く投与して、たくさんの卵胞を育てる方針もあれば、ホルモン剤は使わずに自然周期に近づけて卵胞を育てる方針など、医療機関によって投与するホルモン剤の量に大きな差がある。

 受けられる検査についても、医療機関によって異なる。米国では、体外受精をする際には、受精卵の染色体や遺伝子に異常がないかを検査するために着床前診断ができる医療機関が多く選択しやすい環境にある。一方、日本は着床前診断ができない医療機関もあり、特に地方では、住んでいる地域に着床前診断ができる施設が少ないため、新幹線を使って何時間もかけて都市部の医療機関に通う人も多い。こうした課題に、cocoromiが情報を提供することにより、寄り添う。

 そこで、カギになるのがデータ集めをどうするかだ。

 角田CEOは、「最初、SNSを通じて運営しているコミュニティーに登録している「体外受精を経験し、成功した患者」のデータを集めた。現在はアプリに治療情報・履歴を記録する機能があり、成功データはそこから収集している。医療機関からのデータも集まっている」とし、生きたデータの収集であることを強調する。

 特定の医療機関だけでなく、複数の医療機関のデータがあり、治療方針に偏りのないように、さまざまな客観的データを集めている。氏名や生年月日など秘匿性の高い個人情報はマスキングして、治療を受けた夫婦の治療時の年齢、疾患、ホルモン剤(種類、投与量、投与タイミング)などの処方、それに伴う患者のホルモン値の変動や採卵、移植結果のデータなどに限定して収集している。


地方では、多様性に対する理解は高いと言えない


 cocoromiは、都市部のみならず、地方を軸に据えたサービスも提供している。

 角田CEOは、「地方では、まだまだ多様性に対する(周囲の)理解は高いとは言えない」とし、地方の置かれた環境の厳しさを指摘する。

 例えば、若い夫婦に対し、「なぜ子供ができないのか」といった(周辺からの心ない)声も少なくないという。この点では都会に比べると、地方の方がより女性の悩みが深く、夫婦を取り巻く家族を含めた啓発が求められている。そこで、cocoromiは、地方で尽力する生殖医療に携わる医師のインタビューをサイトに掲載し、地方における不妊治療への理解を促すなど、本年4月から新たなサービスを展開している。今後も、時代に必要なサービスを提供していくと意気込みを見せる。

 cocoromiのユーザーの反応はどうか。

 角田CEOは、「不妊治療の話し合いの材料になったとか、心構えができたなどの声が多かった」とし、前向きな反響に勇気づけられたとする。

 不妊治療は、女性に負担が偏っている。女性は月に何度も通院を強いられるのに対し、男性は特定の疾患がない限り、1,2回であるケースが多い。cocoromiを活用し不妊治療を概観できると、パートナーと話し合う材料になり、男性も理解しやすくなる。そもそも生殖医療を体系的に理解するのは難しい。グラフなどの客観的データによって、自分たちの立ち位置、治療期間や費用の目安が分かり、それなりの覚悟ができる。cocoromiは、妊娠や出産を検討する若い世代に新しい選択肢を示せるため、仕事との両立の観点でも有効なツールといえる。


当事者以外の生殖リテラシーを高めていく必要がある


 不妊治療に対して、日本企業はどう対応すべきなのか。

 角田CEOは、「当事者以外の生殖リテラシーを高めていく必要がある」とし、職場の理解を進めるための方策が求められていると強調する。

 米国では、会社ごとに不妊治療に関する保険制度があるなど、意識は高い。一方、日本は国民皆保険ということもあり、企業や職場の意識はそれほど高くなく、また、管理職や経営層に男性が多く、当事者意識を持ちにくい傾向がある。例えば、フェイスブックなどの海外企業が福利厚生プログラムに卵子凍結費用の支援を盛り込むなど、手厚い支援をしているのに対し、日本企業は、一部で不妊治療に特化した休暇制度を整備するにとどまっている。

 ただ、企業が福利厚生で、不妊治療支援制度を導入しても、活用しないという女性も多い。背景には、「知られたくない」という事情もあるようだ。プライベートな話題であるため、女性が話しづらく、雇用者側も困っている事自体を把握できていない場合も多い。夫婦の5.5組に1組が不妊治療にかかっているということに目を向け、当事者以外の生殖リテラシー向上が欠かせない。vivolaは今後、不妊治療を支援するための企業向けサービスを展開していく予定だ。


不妊治療での法制面の課題も


 不妊治療に関しては、来年度から保険適用が予定され、制度面でも大きな変化の時期を迎えている。そうした中、角田CEOは、不妊治療に関する法制面での課題として、「胚培養士の法的な位置づけが曖昧(あいまい)」と指摘する。

 胚(受精卵)培養士は、主に不妊治療に携わり、体外で精子と卵子を受精させて母体に戻すまでの過程で、胚凍結や培養などを行う高度な専門職だ。日本では国家資格ではなく、いくつかの団体が検定試験を実施し認定している。保険適用が広がった場合、胚培養士の役割はますます重要となり需要が高まっていくと思われるが、日本は生殖医療を教えている大学は少なく、胚培養士は不足している。また、その技術差やクリニックの設備には差があり、人材育成や技術水準の確保に向けても体制の整備が望まれる。

 cocoromiは、常に顧客目線がその土台にある。悩んでいる女性にいかに寄り添い、有効な選択肢を提供していくのか、そんな企業ポリシーが成長の原動力になっている。

 ※次回は、先進事例として、Kids Publicを取り上げる。