【日本ベンチャーキャピタル協会・山中卓理事インタビュー】知財の権利取得は目的では無く手段
「日本のITベンチャーの大半は権利活用には至っていない」
ユーザーの多様な価値観が市場を牽引する時代。企業のイノベーションの源泉は知的資本など無形資産にあると言っても過言では無い。研究開発や人材開発など一括で費用処理される無形資産投資は、短期では利益押し下げ要因になるのは確かだ。しかし、無形資産投資をコストと捉えず、いかに戦略投資として位置づけるか-。大企業や中小企業、ベンチャー企業、さらには金融機関や投資家まで含め、経営者の感度が問われている。
無形資産を投資判断に
経済産業省が一橋大学大学院の伊藤邦雄特任教授らと策定し、5月に公表した「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス―ESG(環境・社会・統治)・非財務情報と無形資産投資―」が注目を集めている。人材や技術、知的財産、顧客基盤など財務諸表に表れない無形資産への投資情報を適切に投資家に開示するための手引書だ。東京証券取引所が「企業価値向上表彰」の審査項目に、WICIジャパンが「統合報告優良企業賞」の審査に、証券リサーチセンターがアナリストリポート執筆にそれぞれ活用する。
知財の価値はいくら?-。11月、政府の知的財産戦略本部が「知財のビジネス価値評価検討タスクフォース」を立ち上げた。財務諸表に表れない知財価値の「見える化」について、政府は10年以上前からさまざまな角度で検討を重ねてきた。だが、現状で事業戦略と知財戦略をひも付けている企業は少なく、事業と結びつかない単体の知財価値は低下し、適正評価を受けにくいのが実情だ。このため業績不振企業が安価に知財を手放してしまうケースがある。
そこでタスクフォースでは、事業が生み出す営業利益や売上高、市場規模、シェアなどを基準とし、知財の有無による「楽観」「悲観」の二つの成長シナリオを描き、その差分を知財効果として浮き彫りにする方向だ。来年3月をめどに議論をまとめる。
知財価値を「見える化」
知財価値の「見える化」は中小企業の資金調達にも大きなメリットがある。地域金融機関には、特許の技術内容から事業性を評価できる人材が不足しており、融資につなげることが難しい。そこで特許庁は中小企業の知財ビジネスを評価し、地域金融機関からの融資につなげる「知財ビジネス評価書」を無償で提供している。
2014年度から2016年度までに累計137機関が利用し、同351件の評価書が作成された。融資に結びついた金融機関は30機関。融資判断の補助材料に活用する金融機関は増え始めた。百五銀行(三重県)、岩手銀行(岩手県)、名古屋銀行(愛知県)、長野銀行(長野県)、岐阜信用金庫(岐阜県)、東京都民銀行(東京都)などが融資先を公表しており、知財金融は確実に広がっている。
ベンチャー経営者の知財への感度に注目
一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会理事(モバイル・インターネットキャピタル社長)の山中卓氏に、投資家の立場から知的財産戦略の重要性を語ってもらった。
―ベンチャーキャピタル(VC)は投資先企業の知的財産の価値をどのように評価しているのでしょうか。
「ベンチャー企業の知的財産についてはデューデリジェンス(企業価値査定)時点から着目しているが、定量的に価値を評価するのは難しい。投資の際、特に留意するのはベンチャー経営者の知財への感度だ。知財戦略に取り組む努力をポジティブに評価する。とはいえ、単なる発明家に投資をするわけではない。発明がビジネスに発展し、社会に貢献することが重要。知財は事業化して初めて価値を生む。我々は特許を売買するだけのパテントトロールとは違う」
―企業は知財戦略をどのように展開すれば良いでしょうか。
「ベンチャー経営者にはビジョンが必要。自社の事業によって未来の社会をどう変えていきたいのか。IPO(株式上場)までの道筋を描くのと同様に、ビジョン実現のプロセスとして知財の位置づけを語ってほしい。権利取得は目的では無く手段だ。権利化をコストと捉えると、特許出願が目的になってしまう。『近所を散歩するつもりが、気がついたら富士山頂にいた』ことは決してないように、曖昧なままでは知財戦略は成功しない。高い意識で専門家とコミュニケーションしながら取り組んでほしい」
権利化は成長シナリオに沿って
―VCの知財戦略支援の在り方は。
「VCは、起業家とビジョンを共有し、特許出願をサポートする。必要があれば、弁理士に対して経営者の思いを『通訳』する役割を果たす。一方で、過剰な負荷にならないよう、ベンチャー企業の成長シナリオに沿って権利化の範囲を定めていくことが重要。我々は知財を含め、ベンチャー企業の総合力を高めていく」
―権利化のメリットについて教えてください。
「権利を取得すると大手企業とのアライアンス(協業)の促進やクロスライセンスによる係争の早期解決など、さまざまな効用がある。ただ、日本のITベンチャーの大半は出願段階で止まっており、権利活用には至っていない。そんな中、フィンテック業界でfreee(フリー)がマネーフォワードを提訴した特許侵害訴訟は目を引いた。勝敗は別としてベンチャー経営者の意識の高まりを象徴している」
―モバイル・インターネットキャピタル社長として、投資先企業の知財戦略の具体例を教えてください。
「スマートフォンアプリで米国有名企業の株式を1000円から購入できる証券会社のOne Tap BUY(ワンタップバイ)は、創業時から高い意識で知財に取り組み、2016年6月のサービス開始より1年前に特許を出願した。現在、国際特許や商標を含め十数件の出願・権利化がなされている。スマホ向けプッシュ通知サービスを手がけるカタリナも特許出願4件を行い、大手メディアとのアライアンスを実現した」
日本発で新しい価値を
―ベンチャー経営者にメッセージを。
「世界を目指すなら知財構築に戦略的に取り組んでもらいたい。アマゾンの『1クリック特許』が代表するように、米IT企業の権利意識は高い。世界中で情報技術のキャッチアップが早まり(IT先進国の技術を時間差で日本に持ち込む)『タイムマシン戦略』も難しくなってきている。IoT(モノのインターネット)時代を迎える中、モノマネでは無く新しい価値を日本発で生み出してほしい。日本ベンチャーキャピタル協会としても積極的に取り組んでいる。我々も成功事例を積み重ね、わが国ベンチャー企業の権利化意識向上を図っていきたい」
【略歴】
山中卓(やまなか・たかし)氏。東京大学経済学部卒業、日本興業銀行入行。2003年9月モバイル・インターネットキャピタル参画。2010年6月取締役就任。2015年4月代表取締役社長就任。一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会理事。