命をつなぐ人工呼吸器 メトランが貫く「想い」とは
コロナ禍での医療物資の緊急増産要請にも対応
独自技術やサービス、ビジネスモデルで存在感を発揮する中小企業、小規模事業者。その活躍を広く社会に発信する狙いで回を重ねてきた経済産業省の表彰制度。産業構造の変化を反映して「元気なモノ作り300社」から「はばたく中小企業・小規模事業者300社」へタイトルこそ見直しつつも、これら企業がまさに飛躍を遂げる姿に変わりはない。過去の選定企業の中には、コロナ禍にある世界を救う動きもある。
増産対応へ自動車部品大手と連携
2020年4月、「明日にも100台納入してほしい」。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大に伴い、医療現場で逼迫(ひっぱく)する人工呼吸器。切迫するその声に応えたのが埼玉県川口市にある人工呼吸器メーカー、メトランである。
同社は、新生児や未熟児の繊細な呼吸器官に対応できるHFO(高頻度振動換気)と呼ばれる独自技術を持ち、国内の新生児集中治療室(NICU)の約9割で製品が使用されている。「日本は世界一赤ちゃんが安全に生まれる国」。2018年にユニセフがこう評した日本の新生児の死亡率の低さの裏には同社の人工呼吸器があることは言うまでもないが、世界に目を転じれば新生児や未熟児の命が危険にさらされるケースは決して少なくない。すでにベトナムに生産拠点を構える同社だが、近年は海外市場の本格開拓にも踏み出しつつあった。そんな矢先を直撃したのが新型コロナウイルスの感染拡大である。
経済産業省からの医療物資の緊急増産要請に応えるため、自動車部品大手のマレリ(旧カルソニックカンセイ)の拠点や人的資源を活用した新型コロナウイルス対応の人工呼吸器生産プロジェクトがスタートしたのは2020年4月。サプライチェーンの混乱で苦慮する部品の調達や組み立てをマレリが支援。マレリの児玉工場内に急遽、生産ラインを整え、6月末には量産開始という異例のスピードで進展した。ここで製造された人工呼吸器は国内はもとより、ベトナムやボリビア、インドネシアなど4カ国に供給された。
トランさんのメディカル会社
「当社は人工呼吸器を中心に酸素濃縮装置などを手がけていますが、社会に貢献しているとの実感をこれほど持ったのは初めてです」。こう語るのは新田ダン社長。社長就任は2019年12月。ほどなくコロナ禍に直面することとなった。相次ぐ引き合いや世界的な感染拡大を前に、増産対応に奔走してきた。現在はマレリとの協業第二弾として、エアカーテンでウイルスの侵入を防ぐ新型マスクの市場投入準備を進めている。高性能フィルターでろ過した空気を供給するのが特徴で、感染リスクの高い現場に従事する人の利用を想定している。
社名の由来は「トランさんのメディカル会社」。現社長の実父でベトナム出身の創業会長、新田一福(Tran Ngoc Phuc:トラン・ゴック・フック)さんの「トラン(TRAN)」と「医療(MEdical)」を組み合わせた。同社は創業時から現・聖路加国際大学の宮坂勝之名誉教授をはじめとした臨床医との二人三脚で技術開発を進めてきた。新生児の人工換気療法に革命的な変化をもたらした高頻度振動換気(HFO)の開発ヒストリーは「我が国の近代新生児医療発展の軌跡(仁志田博司著)にも紹介されている。自然な呼吸では大気より低い圧力で換気するが、人工呼吸器の使用時はこれが高くなるため、肺や気管支などに負担がかかる。未熟児は呼吸器官が未発達かつ長期にわたり人工呼吸管理が必要となるケースが多いことから肺に優しい換気が必要となる。前述のHFOはこれを実現するために開発された方式である。
新生児の医療現場を支えてきたこれら功績が評価され、2018年にはフック会長と宮坂教授、さらに国立成育医療研究センターの中川聡手術・集中治療部診療部長が「ものづくり日本大賞」において「超未熟児の命を守る人工呼吸器の開発」で経済産業大臣賞も受賞した。
「助けられる命はすべて救う」
「助けられる命をすべて救いたい(フック会長)」一念で、起業したのが1984年。人工呼吸器は命に直結するだけでなく、未熟児は呼吸器官が未成熟なため、一層繊細な制御が求められるため中小企業が手がけるにはリスクが大きい。しかし、これを乗り越えたのは強い信念と技術の蓄積、さらには試作を重ね、これを医療現場で評価しフィードバックするビジネスモデル。それが製品として結実し命をつなぐ「最後の砦(とりで)」となってきた。
コロナ禍で再認識された中小企業の開発力や機動力。感染症の脅威はもとより経済の発展スピードや産業構造の変化に伴って世界はさまざまな課題に直面するからこそ、メトランのような強い使命感や経営理念を貫く企業の存在は重みを増す。
※「『はばたく中小企業・小規模事業者』と描く未来」は今回が最終回です。