政策特集DXが企業を強くする vol.7

先進企業のDX その裏にある「現場に寄り添う」姿勢とは

ブリヂストン・ GAテクノロジーズ対談【後編】

GAテクノロジーズの稲本氏(写真奥)とブリヂストンの花塚氏


 デジタルトランスフォーメーション(DX)における先進的な取り組みが注目されるブリヂストンとGAテクノロジーズの担当者による対談後編。DXを一層、推進していくうえで今後、乗り越えるべき課題について話題は広がっていく。

納得感持って受け入れてもらう

 経済産業省情報技術利用促進課 宮本祐輔課長補佐
前回のお話では、経営戦略としてのDXの推進のカギは、現場との距離感や組織の壁を越えた緊密な連携にあるように感じました。実際には、ご苦労もあったのでは。

 ブリヂストンデジタルソリューション企画本部花塚泰史デジタルAI企画部長
 データの利活用へ向けた環境整備は課題のひとつです。私の部署には、データサイエンティストなど専門人材を抱えるため、社内のさまざまな部門から分析や解析依頼が寄せられます。問題は数多くのデータが蓄積されてきてはいるものの、それらを分析するための前処理、いわゆるデータクレンジングに多くの工数を要することです。例えば一本のタイヤのデータをトレースするために複数のIDを紐づける必要があるなどです。顧客や製品情報が紙で管理されているケースもあります。しかし、DXの名の下に、これまでのやり方を一方的に見直すよう迫ることがあってはいけないと肝に銘じています。現場にはそれぞれ慣れ親しんだ手法がある。デジタル化によってどんなメリットがあるのか納得してもらう努力を重ねなければ納得感を持って受け入れてもらうことはできません。
 GAテクノロジーズ稲本浩久Chief AI Officer(最高AI責任者)
 全く同感です。私自身はDXに対する技術的、心理的な「ハードル」を下げることと、必要性に対する「意識の差」を埋める。この二つを重視しています。正直に言えば、「このやり方の方が便利なのに、何で使わないんだ」と思ったことはありますよ。でも使ってもらえないのなら、受容してもらえない理由は何か、ビジネスの実態はどうなっているのかまで踏み込み議論を重ね、現場が許容できるシステムを開発する。これからのDXでは、現場に寄り添う開発側の姿勢が一層求められると感じています。

 宮本 いま「開発側」とおっしゃいましたが、システムやツールはすべて自前で開発しているのですか。企業がデジタル化を推進する際には往々にして、「システムのことはよく分からない」とベンダーに丸投げするケースもみられます。外部との協業やベンダーとの付き合い方、広くいえばオープンイノベーションについてはそれぞれ、どのような方針で臨んでいるのですか。

 稲本 当社の場合、システムやツール開発は原則、自社で行っており、約500人の社員の約3割がエンジニアです。他方、基礎研究に近い分野については大学との共同研究を検討するケースもあります。

 花塚 デジタルソリューション企画本部がシステム開発を外部に委託する場合は、要件定義をはじめ基本的に当社側が仕様を決定し、ある程度、シナリオを作った上で、このプランにどのぐらい貢献してくれるのかといった観点から選ぶのが基本的な方針です。

経営トップとどう対話

 宮本 一連のDX戦略の裏には、経営側の明確なビジョン策定や方針があるかと思います。あるいは皆さんの側から経営側に提案する機会もあるかと想像するのですが、DX推進の前後では経営トップとの対話について変化はありますか。

 稲本 当社の場合は、大きな変化はありません。そもそも、「不動産×テクノロジー」を掲げ、自社はもとより不動産業界全体を見据えたDXを推進する経営理念が事業そのものだからです。当社の社長兼CEO(最高経営責任者)の樋口龍はプロサッカー選手を目指していた異色の経歴の持ち主ですが、起業後にプログラミングを学ぶなど努力を重ねてきました。明快な経営理念が経営トップと社員の間で共有されているからこそ、トップダウンである日突然、指示が下るようなことはないですね。

 花塚 私どもは、大きな組織であるだけに、経営陣との距離が遠いのではと思われるかもしれませんが、近年は異なります。まず大前提として、CEO自身が中長期事業戦略の中でDXの重要性を明確に示しており、それにより社員がDXを活用し事業革新をすることに迷いなく取り組む環境ができていると思います。さらには少なくとも月に2回はトップ報告の機会があり、我々の問題意識や提案をぶつけることもでき、経営層と方向性の認識合わせをしながら取り組むことができる環境があります。加えて、来年1月には新たな人事制度に移行することも決まりました。組織階層を現行の5階層から、基本的に「経営層」「幹部層」「管理層」の3階層へ簡素化し、経営体質の強化につなげる狙いです。これによって、経営陣との距離感はますます近くなると思っています。

【対談後記】

 それぞれの立場から忌憚(きたん)なくお話頂いたDXの軌跡。通常、企業の取り組みは結果からうかがい知ることしかできませんが、今回の対談では、結果に至るプロセスや背景にある考え方にも触れることができ、非常に興味深い内容でした。今回、お話頂いた取り組みも参考にしながら、民間企業のDX推進を後押しできるよう、努めてまいります。(宮本)