地域で輝く企業

超精密技術で独自の地歩築く 小松ばね工業【動画】

ファッション業界とも接点 新機軸も打ち出す

さまざまな製品に用いられる超精密バネが産業を下支えする


 中小企業が集積する「ものづくりのまち」として知られる東京・大田区。この地で70年以上にわたり超精密バネを製造するのが小松ばね工業。とりわけ線径(太さ)0・02ミリメートルから2ミリメートルほどの製品の中には肉眼ではバネと分からないサイズのものも。最も細いバネは髪の毛よりも細い素材で作られている。電子部品や自動車、医療機器など、さまざまな製品に用いられ、日本のものづくりを下支えしてきた。これを実現するのは小ロットから1000万個単位の受注まで対応できる柔軟な生産体制とこれを支える最新の成形機、さらには熟練の技によるツールづくり。これらが三位一体となって顧客から信頼に応えている。

受注生産は3000種類以上

 創業は1941年。ゼンマイメーカーの技術者だった現会長の小松節子さんの伯父にあたる小松謙一氏が独立し、カメラシャッター用の精密バネの専門工場を立ち上げたことにさかのぼる。以来、時計や電気機器、通信機器、自動車部品などの産業分野に販路を拡大。近年は、以前から取引関係にあったカメラメーカーが医療分野に注力し始めたことをきっかけに、医療機器分野への参入も果たした。創業70年の節目にあたる2011年に節子さんから社長のバトンを受け継いだのが節子さんの娘の小松万希子さん。長年培ってきた技術力や品質にさらに磨きをかけ、新規受注の獲得に力を入れている。

小松万希子社長


 国内では大田区内に3つの工場を構えるほか、宮城県に大河原工場、秋田県に太田町工場を展開し、月間で合計約3000種類のバネを受注生産している。このほか社内にはあらゆる試作・量産に対応するための設備も保有する。現在は最新鋭のNC(数値制御)スプリング成型機での量産が主力だが、1960年代製のメカ機構の自動成型機もいまなお現役で活躍。こうした自動機の数は実に600台以上。「メカ機械は安く生産できるし、台数が多いので『このバネはこの機械で』と専用機としても使用できる」(小松社長)と、場面によって使い分ける柔軟な生産体制が構築できる意義を強調する。
 またこれらメカ機械は若手技術者の教育にも重要な役割を果たしている。「いまの若い人たちはコンピューターの扱いには慣れておりNC制御の機械はすぐ動かせるようになる。ただ、機械の仕組みを理解するためにメカ機械での経験は必須なのです」(同)。

さまざまな加工機がずらり並ぶ本社工場

機械を操る熟練の技

 同社の競争力の源泉である精密バネの加工。バネが用いられる製品の軽薄短小化に応えるため、小型サイズに特化した生産設備を拡充するとともに、これを自在に操り求める品質や精度を実現する技術者の育成を重視してきたこともいまにつながっている。
いかに設備が進化しようともそれを扱うのは技術者の腕というのが小松社長の信念だ。「線材を機械にセットすれば誰でも作れるわけではないのです」と小松社長。バネは、送り出された線材が線径とほぼ同じ太さの溝を通って治具に押し付けられ、曲がることで形作られる。技術者は、求める精度を実現するためのツール類を、バネのサイズなどに応じて製作する。このツール作りこそ、高精密なバネを生み出す技術の要である。

経験に裏付けられたツール作りに技術力の源泉が


 例えば線材の太さに合わせて、顕微鏡をのぞきながら超硬金属に糸のこのようなツールで溝を彫る。溝が曲がっていると当然バネも曲がって出てきてしまうため、経験を積み重ねる中で養われた研ぎ澄まされた感覚が求められる。またこれらツールは量産過程で摩耗するため、定期的な調整やメンテナンスにも心を砕く。こうした地道な積み重ねが高い技術力につながっている。
 長年の経験に基づく熟練の技を次世代に継承するため、人材育成にも力を入れている。製造業の技術者は工業高校出身者の採用が一般的だが、同社では農業高校出身者など工業分野以外からの採用実績もある。専門分野やそれぞれの背景を問わず新入社員はOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を中心に、ツールの溝彫りや機械の操作などものづくりの基礎を一から学ぶ。さらにその先には外部の研修制度も活用しながら能力の幅を広げたり、資格の取得も推奨している。例えば国家資格である「金属ばね製造技能士」の検定を、以前は希望者のみが受験していたが、数年前から年に3-4人規模で取得を目指している。現場を支える技術者だけでなく営業担当者も同資格を積極的に取得し、技術提案力の向上に努めている。

医療分野に活躍広がる

 1997年に初の海外拠点として設立したインドネシア工場は小松社長の弟である小松久晃氏がディレクターを務め、インドネシア内に生産拠点を構える日系企業を主要顧客にバイクや自動車用のバネを主に生産する。激変する世界経済の情勢や顧客企業のサプライチェーン(供給網)戦略の動向を見極めつつ、同社にとっての最適な海外拠点のあり方を模索する方針だ。
 デジタル化が進展するいま。同社にとっての新たな活躍領域をどこに見出すのか。そのひとつが医療分野である。すでに内視鏡用コイルバネや血管内治療(カテーテル治療)に用いられるガイドワイヤー用の超精密バネも手がけており、医療分野で求められる厳しい要求水準が、さらに技術を磨き上げる形となっている。小松社長によると、とりわけ医療現場で用いられるバネには厳しい精度が求められ、公差(図面上の数値と測定値の間で許容される誤差の範囲)ひとつとっても、より小さい値を求められるという。当然のことながら人命にかかわる分野だけに「100万個のロットで一つでも不良があると全て返品になる」(同)厳しい世界でもある。しかし、こうした技術課題に挑み続けた先に、他の追随を許さない製品用途、市場を切り拓くことになる。
 また市場拡大の一環として、これまでとは全く毛色の異なる取り組みにも挑戦している。機械の動きと機械音をテクノミュージックにしてレーベル化する企画に参加したり、「ゴシックファッション」と呼ばれる日本独自のファッションスタイルのデザイナーからの依頼で、文房具として用いられるクリップの制作にも携わる。
 部品や製品の中に組み込まれ、一般の人の目に触れる機会の少ない工業製品が、音楽やファッションという異質な世界と融合することでどんな「化学反応」が生まれるのか。新たなビジネスのヒントにつながるかもしれない。

【動画】

【企業概要】
▽所在地=東京都大田区大森南5-3-18▽社長=小松万希子社長▽創業=1941年(昭和16年)5月▽売上高=7億4600万円(2020年3期)