政策特集10年先の会社を考えよう special

【川村隆氏インタビュー】50歳までは、まだまだやれる

「プロフェッショナルになり、会社の中で得るものがないと思ったら飛び出せ」


 緩やかな景気拡大が続き、雇用情勢は大幅に改善しても、いまだ閉塞感が漂う。その最大の原因は、かつて日本経済に見られたダイナミズムがすっかり息を潜めてしまっているからではないだろうか。再び日本からイノベーションを巻き起こすことはできるのか。今回は9月の政策特集「10年先の会社を考えよう」のスペシャル編。日立製作所の経営再建に取り組み、現在は東京電力ホールディングス取締役会長の川村隆さんに、次代を担うビジネスパーソンへの期待などを語ってもらった。

稼ぐ力の弱さが問題

 ―景気は回復しているはずなのに、閉塞感が漂っています。日本企業が再び躍進し始めたという印象もありません。
 「やっぱり収益が悪いのが問題なんですよ。それはイノベーションが足りないからです。欧米の企業と同業同士で比べても営業利益率が悪い。あっちは2ケタでこっちは1ケタだと。まあ倍ぐらい違ったりする。稼ぐ力、すなわち利益が違うというのはものすごく大きな差。利益からかなりの部分を社会に還元しているわけですから。企業の利益と企業からの付加価値の社会還元は比例している。その利益が欧米企業の半分しかないということは、国としてもだんだん元気がなくなるということなんです」

 ―なぜ儲からないんでしょう?
 「普通はそんなことは許されないんですけど、日本は島国だから。皆でぬるま湯に浸り続けているという状況ではないでしょうか。周りが皆、そんな利益率で満足しているから、ある程度許されてしまう。しかし海外企業がもっと日本の中に入り込んでくるようになれば、そういうことは許されなくなる。実際、欧州では国境がないようなものだから、他国からも優秀な企業がどんどん進出してきて、低い利益率のままでは許されなくなっている。また、日本から海外ルートへ出て行っている企業は、皆競争の厳しさを体感し、このままの日本ではダメだと感じている。敗戦時、日本の人口は7000万人しかいなくて、平均寿命も60歳程度。そこからずいぶん復活してきたわけだけれど、日本人はそこで満足してしまった。GDPは中国に抜かれて3位になったが、7番目のインドもじわりじわりと成長している。このままでは、もうすぐインドにも抜かれてしまいます」

大企業は改革継続が不可欠

 ―川村さんは日立製作所の経営再建で、痛みの伴う改革の必要性を説いていましたが。
 「大企業は改革を絶対にやり続けなければいけない。東京電力も含めてです。ただそれって、あくまで既存事業の改革なんですよ。それだけでは社会全体を猛烈に持ち上げるところまではいかない。やはり必要なのは、創業者が活躍している新興企業。米国でいえばグーグルとかね。あるいはもっと若いベンチャーカンパニー。そういうものが日本にもう少し出てこないと大発展はしません。歴史ある大企業というのはいろんな膿があちこちたまっているから、それの掃除をやるだけで企業再生にはつながるけど、それだけじゃ国を大きく伸ばすには足りない。日本人は大企業に就職できたと喜んでしまうがとんでもない。親も子どもを大企業にいれようとする。そんな風潮が実は全体の衰退につながっている」

「日本人は大企業に就職できたと喜んでしまうがとんでもない」(川村さん)

 ―大企業に厳しいですね。
 「そうです。自分が大企業の中にずっと居るから、欠点がより大きく見えるのです。もちろん大企業の改革は必要です。例えば悪い事業はどんどん潰し、そこで働いてきた人を新しい事業に移していくとかしなければいけない。しかし普通の大企業はそういうことを徹底して行うことがなかなかできないんですよ。みんな大企業に入ったということだけで安心しているから、現状維持ということのみで大満足してしまう。やっぱりベンチャーカンパニーとか、創業者がやっている会社は面白いですよ。ニトリとかユニクロとか日本電産とか。ああいう会社の方がずうっと日本の活性化のためになっているんです。大企業というのは昔の姿を保つだけでぜいぜい言っているのがどうしても多くて・・」

 「だからこそ大企業というのは常に改革していかないといけないんです。あるいは何十年たっても、創業の心を企業の中心に保ち続けるようにして、それがイノベーションにつながるようにしなければならない。改革してやっと横ばいぐらい。改革を少しサボっているとしんどくなる。本当は大企業の経営や組織が硬直化してきたら四つや五つに分解し、それぞれ新しい中小企業になって創業会社のように大発展していくのが良いんです。今でもできると思いますよ。米国だってダウ・デュポンが事業分割を計画したりしている」

 ―大企業から飛び出して起業するケースもありますが。
 「米国ではものすごい数があるんですよね。成功しない例もすごく多いけど、絶対数が多いから成功も多い。人種の多様性や国の若さもあるからか、皆野心的。一方で日本人は現状維持が好きというのもあるのか…。日本の中でぬるま湯がだんだん劣化していき、茹でガエルになるのにも気付かない。本来であれば日本人の能力だったら相当やれるはずなんですよ」

意識改革し、自己鍛錬、自己訓練を

 ―その欠点をどう補うべきでしょう。
 「外国の会社を体験すれば良いんです、みんな。今、50歳未満の人だったら、まだまだやりようがあると思うんですよね。平均寿命がすごく伸びたでしょ。日本は世界一の健康寿命国です。だから今後は、例えば75歳ぐらいまでは働くと思うんですよ。元気な人であれば、80歳ぐらいまで働く。それを考えると今50歳未満の人は、これからも相当に意識改革をして自己鍛錬、自己訓練をしなければいけない」

 ―就職の考え方も変わりますか?
 「若い人も大学を出たら、何らかのプロフェッショナルになるんだという気持で会社に入らなければならない。国際財務のプロになるとか資材調達のプロになるとか。そういう目的を持って会社に入って、もうこの会社の中では得るものがないと思ったら飛び出す。そして大学院でもう一回勉強し直して次の会社に入るとか。同じ会社に一生いるのが当たり前じゃなくなる。プロフェッショナルな自己の実現を図りながら、社会の中を動いていくという風になると思うんです、日本でも」

 「先進国はそうなっている。これまでも遅れて日本もだいたい同じになったから。例えば、米国で起こったことは、いずれ日本でも起こるんです。今まで何度もそうだった。日本でも一つの会社に定年まで居続けて、創業精神の無くなった企業で定型的な仕事を毎日同じようにやり続けるなんてことは、我慢ができなくなるはずです」

「プロフェッショナルな自己の実現を図りながら、社会の中を動いていくという風になると思うんです」(川村さん)

 ―どのような会社なら能力を発揮できるのでしょうか?
 「創業者がまだ活躍している会社だったら、事業がどんどん広がっている。だから面白さがあるんです。だからやれる。だけど歴史ある大企業というのは、もし創業の心、イノベーションに立ち向かう心を失ってしまったら、これ以上大きくなっていくことは難しい。企業の方が変われない場合には、個人はどんどん会社を移って、自分の専門性を膨らませていくという方向に、日本も変わっていくんじゃないですか」

いよいよ企業の番

 ―日本人だって本来は能力あるはずということですが、なぜその能力を発揮できていないのでしょうか。
 「能力はあるし、健康寿命が長いとか、チームワーク力があるとか、自分を律する精神があるとか、発展するための資産は日本にはあります。だから日本の中に居てそれができにくいのなら若いころに海外に飛び出し、20歳や30歳ぐらいの間に、いろんなところで仕事をして帰ってくれば、良いんですけど。そんな人も昔よりは増えてきたんじゃないですか。特に日本のスポーツ選手は海外にいっても通用しているでしょ。体力で劣ったとしても、チームプレイで秀でている。芸術家だって活躍している。いよいよ企業の番なんですよ。ビジネスパーソンだって外へ出て行って、そこで通用して帰ってきた人が日本の会社を立て直していけばいい。終身雇用も年功序列も実質的にやめて、仕事ができる人に給料をばんばん払って、会社をどんどん強くしていけばいい。新入社員が一斉に何十人も入って、皆そのまま勤め上げるという終身雇用というのは本当に日本だけで、世界的には特異なことなんですから」

 ―一方で若者は内向き志向になっているとも言われています。
 「そうですね。米国の大学の日本人留学生は少なくなった。韓国人、中国人、インド人ばかりになっちゃった。日本の中で暮らせてしまうから悪いんですよね。こぢんまりなら一生暮らせるから、そこで終わってしまう。日本だって留学生が多い頃は、この先日本がちゃんとした国になるかと心配していたんですよね。だから先進国へ行って学んで来ようと考えていた。今、先進国へ行っても持ち帰るものはないと皆思っていてね。決してそんなことはないんですけど。企業が稼ぐ力で付加価値を社会に還元するための組織体だということを学ぶためだけでも、行く価値はあります。エネルギー自給率が6%、食糧自給率が40%という輸入に頼らざるを得ない国なんだから、きちんと稼げる日本株式会社にするためにいろんなところでもっと頑張らなきゃいけない」

「日本だって留学生が多い頃は、この先日本がちゃんとした国になるかと心配していたんですよね」(川村さん)

 ―もっと皆が海外へ飛び出て、イノベーションを起こす人材になるしかないと。
 「日本の中の企業の中でも、そういう創業の精神が残っている企業はあるから、そこで学んでも良いんです。しかし、強烈にその意識付けをしようとすれば、やはり海外に出て体験するのが良い。再び海外留学が必要な時代に戻っていると思います」

ベンチャーに期待、大企業は支援する側に

 ―大企業からイノベーションを起こすことはできませんか?
 「ものすごくしんどい。100年も経っているからね。グーグルみたいに創業社長がやっている会社とは全然違う。100年企業にもなると、社長が10人ぐらい代わっているわけです。そうすると最低限、現状維持で行けないかとやはり考えてしまいますよ。そういう大会社でもベンチャー的なことをしようと、これまでもあらゆる会社があらゆることを試みてきたけど、みんな途中のコスト成果評価の段階でつぶされてしまった。むしろ大企業は、ベンチャー企業への資金支援とか、M&Aによる支援とかに回る方が効果的だと思う」

 ―若者は大企業に行かない方が良い?
 「まあ、大企業が社会の安定を下支えしていることは否定できないから、それが大切と考える人々が大企業で働くということは否定はできません。その中で、イノベーティブな動きを行うことも大事ですし、若者がその動きの中心になることも大事なことです」

 ―日本の開業率の低さが気になります。
 「でも、最近の大学発のベンチャービジネスの増加とか、それらの脱皮のために資金を提供するベンチャーファンドの増加とかは大変良い方向性です。東京近辺ばかりではなく、地方にもたくさん動きが出ているのも良い傾向です。株式市場に上場して成長していくベンチャー企業の例は、諸外国比ではまだ少ないですが、確実に増えてきているので、今後に期待することに致しましょう」

「上場して成長していくベンチャー企業の例は、確実に増えてきている」(川村さん)

【略歴】
 川村隆(かわむら・たかし)東京大学工学部電気工学科卒業後、1962年(昭37)日立製作所入社。日立工場長、電力事業本部長、副社長などを歴任。日立マクセル会長などを経て2009年、業績が悪化した日立製作所の経営再建に呼び戻され執行役会長兼社長に就任。2010年に社長を、2014年には会長も退任した。2017年6月に東京電力ホールディングス取締役会長に就任。1939年生まれ、77歳。北海道出身。