価値創造の担い手育てよ 日立が全社員にデジタル教育
技術だけじゃない 着想力やデザイン思考を学ぶ
ビッグデータやIoT、AI(人工知能)-。デジタル技術の進展が企業のビジネスを変えている。それは日本を代表する企業である日立グループとて例外でなく、ITとインフラ技術を融合した社会イノベーションに経営のかじを切る同社だからこそ、デジタルトランスフォーメーション(DX)をけん引する、従来とは異なる人材の育成を急ピッチで進めている。
10年にわたりデザインシンカーを養成
2019年4月。日立製作所はグループ内の三つの研修機関を統合し、デジタル人材を育成する新会社「日立アカデミー」を設立した。
日立では、データサイエンティストやセキュリティスペシャリストといったIoTやAI時代において重要性が高まっている専門的なスキルを有した人材に加え、「デザインシンカー」や顧客の事業特性を理解し、課題や解決策を提示できる「ドメインエキスパート」といった人材を、DXのけん引役と位置づけている。とりわけ「デザインシンカー」というデザイン思考を活用し、新たな顧客体験やサービスを創り出す人材を、日立は「Exアプローチ」の名称でこの10年あまり育成を進めている。
そもそもこうした人材がなぜ求められ、さらに増強する必要があるのか。日立製作所サービスプラットフォーム事業本部デジタルソリューション推進本部の豊田誠司シニアエクスペリエンスデザイナーは背景をこう解説する。
「もはや製品の品質や技術力だけでモノが売れる時代ではありません。そもそも現状のどこに不満があり、何をどうすればよいか分からない顧客を相手に、課題が明確になるまで待っていてはプロジェクトは動き出しません。課題の発見や解決策の提案ができる人材が求められているのです」。
日立ではデジタルトランスフォーメーションに必要なタスクを「課題分析」「仮説構築」「プロトタイピングと価値検証」「事業・業務に適用、実装」とステージごとに整理・分類・体系化し「DXを実現する協創プロセス」と名付けている。このデジタル人材育成の研修体系についても、このプロセスとのひも付けを行っている。時代の変化に合わせたビジネスプロセスを明確化し、それに合わせた人材育成体系を構築しているのだ。
研修カリキュラムの特徴を日立アカデミーIT研修本部L&D第二部の田中貴博GL主任技師はこう語る。
「整理・体系化した各プロセスにおいて実務で用いられている手法や考え方をパターン化して学ぶ内容となっています。2019年度から本格的に運用を始め、さまざまなプロジェクトを通じて実務経験を積めるよう本社の人事制度とも連動しています」。
具体的には、プロジェクト事例に基づき「どのような課題をどのようなデータや分析によって解決したか」といったデータ利活用の着眼点をまとめた「着想テンプレート」を複数作成。研修では、このテンプレートを用いて、受講者自身のビジネスの中で着想してもらうことでビジネスの中にデジタル化のヒントがあることを実感してもらう。
「協創」体験どう伝える
デザインシンカーについても3階層別の研修で育成を進めている。最上位の「プロフェッショナル人財」については、2021年度末までに500名の育成目標を掲げ、研修の受講にとどまらず、特に優秀なデザインシンカーに帯同する形でプロジェクトに参画し、実践を通じて学ぶ機会を設けている。
「実プロジェクトでの『協創』を通じてお客さまの意識が変わっていくさまを目の当たりにし、変化を体感することが最大の教育」(豊田氏)と考えているからだ。「協創のイメージ」をより多くの社員に体感してもえるよう、プロジェクトの現場を撮影した映像も制作。顧客企業がどんな思いでプロジェクトを進めてきたのか、言葉だけでは伝えられない部分を映像で訴求する工夫も施している。
「昔からやってきた」
「俺たちは昔からやっていたことだぞ」-。日立製作所の中西宏明会長は、約10年前に豊田氏がExアプローチの取り組みについて説明した際、こう話したという。確かに電力や産業機器の部門では、当時から顧客企業の現場で膝詰めの議論を重ねながら、最適な技術やシステムを提案する姿勢は当たり前のことだった。
顧客にとっての価値を提供することが本質であるビジネスにおいて、求められる姿勢は今も昔も変わらない。しかし、社会のニーズや産業構造が複雑化し、変化のスピードも加速している現代においては、そもそも何が課題でゴールをどう設定すべきか難しい局面を迎えている。だからこそ、これまでの延長線上ではなく新たな価値を創造する上で、日立はこれまで培ってきた方法論をあえて体系化し、全社員に習得させることで変革のスピードを上げようとしている。