政策特集フィンテック vol.1

【WiL・伊佐山元 共同創業者CEOインタビュー】お金の世界にパラダイムシフトが

「日本ならではのフィンテックを目指せ」


 金融の世界にテクノロジーの波が押し寄せている。金融(ファイナンス)と技術(テクノロジー)を掛け合わせたフィンテックが、時代の主役に躍り出る。インターネットの登場が社会や産業そのものを一変させたように、フィンテックも世の中を大きく変えるのだろうか。「フィンテック」の第1回目は、WiL共同創業者兼CEOの伊佐山元さんのインタビュー。同社はメガバンクなどと連携し、新しい金融ビジネスの創出にも取り組んでいる。伊佐山さんには米国滞在の視点も交え、わが国でフィンテックがどのように進んでいくのか、その中でわれわれはどう生きていけばいいのかなどをうかがった。

 ―フィンテックは社会、産業をどう変えるのでしょうか?
 「テック(技術)がいろいろな産業を変革するきっかけになる例が増えている。例えば自動車。電化が一つの潮流となり、内燃機関からモーターへのパラダイムシフトが引き起こされている。古くからの産業がIT(情報技術)などのテックで大きく構造が変わってしまうことは、さまざまな産業で進んでおり、今回はそれが金融という規制産業に起こった。金融業界ではこれまでもITを活用してきたが、IT産業が金融の本丸に入り込んできたのは初めてだ」

シリコンバレーが金融の領域に

 ―どのようにフィンテックは始まったのでしょうか?
 「インターネットの普及により決済の分野では90年代にペイパルが登場した。さらに現在は、銀行が専有してきた貸し出しローンのような機能にまでシリコンバレーのベンチャー企業が乗り出してきた。金利設定や審査などの機能を持ち、借り手を、資金が余っている貸し手と直接つなげることがITの技術で可能になった」

 ―日本の状況は?
 「現状というよりも、こうなってほしいという方向性は二つある。一つ目がキャッシュレス化。日本では現金志向が強いことが、新しいサービスが流行らない言い訳にされている。ただ米国にだってチップの文化があるからキャッシュレス化が進まないという議論はあった。それでも現金がなくても生活にまったく困らない社会になりつつある。2001年から米国に住んでいるが、その頃は週に何回かはドライブスルーのATMに通っていたが、今では(ATMを使う回数が)1年で片手に収まるほど。2020年の東京五輪・パラリンピックに向け、キャッシュレス化で外国人観光客の利便性を高めることができる。電子マネーや仮想通貨が普及し現金で円からドルへ両替する必要も無くなれば、海外へ出かけるハードルが低くなる。そうすれば日本人自身のモビリティを高めることにもつながるだろう」

「米国は現金がなくても生活にまったく困らない社会になりつつある」(伊佐山さん)

 ―もう一つは?
 「日本人の金融リテラシーの向上だ。日本では源泉徴収され、大半の会社員は確定申告とも無縁。お金がお金を生むということを忌み嫌う社会ということもあり、投資に対する意識が弱い。一方で欧米では確定申告を個人で行うため、どう節税し、資産を増やすためにどう運用すれば良いかを自然と考えなければならない社会だ。もちろん働いて稼ぐ重要性は否定しないが、欧米では投資のスキルも無いと良い生活はできない」

IoT機器普及で決済はさらに便利に

 ―フィンテックが急速に立ち上がったのはなぜ?
 「技術的な要件が出そろい、コストも下がった。それらと社会が受容するタイミングとが重なったことが大きい。インターネットの普及で、音楽や映像、書籍などあらゆるコンテンツがデジタル化し、デジタル決済が当たり前になると同時に、スマートフォンのようなインターネットに常時つながる機器を誰もが持つようになり、個人認証の技術などセキュリテイも進化した。今後、IoT機器が一般化すれば、さらに便利な決済機能が普及するだろう」

 ―銀行など金融業界への影響も大きい。
 「銀行は何のためにあるのか、つまりどのような機能が求められているのかということが変化していく。インターネットが普及したことで、従来の通信会社がインフラを支える“土管屋”になってしまったように、金融機関はもっとスリムにならなければならないだろう。個々のアプリケーションは、フィンテック企業など現場に近いプレーヤーが手がけた方が良い。キャッシュレス化が進むと、銀行はどれだけリーンな経営体制にできるかが問われてくることになる。そして新規事業は社外と組んで展開していけば良い。当社でもみずほ銀行とともに新規事業の創出を目的とした合弁会社を設立している」

「フィンテック企業など現場に近いプレーヤーが手がけた方が良い」(伊佐山さん)

日本と海外では社会環境が異なる

 ―日本と海外ではフィンテックの普及状況に差があります。
 「海外と比べて遅れているという議論はあまり意味がない。たとえば米国と日本でもフィンテックを取り巻く社会環境がまったく違う。米国は移民が集まっており、稼いだ金を母国に送金する必要があるのに、銀行口座も持てないし、クレジットヒストリーもない、保険も入れないという人が多い。それらをフィンテックが解決している。しかし日本では貧富の差は米国に比べ小さく、誰でも保険に入れるし、消費者金融も行き渡っている」

 ―中国など途上国でもフィンテックが進んでいます。
 「中国や東南アジア、アフリカなど金融のインフラがまだ整備されていないところでは、インターネットの上に金融サービスを乗せてしまった方が早い。固定電話網がないところで、いきなり携帯電話が普及したのと同じことだ。日本は世界の中でも、もっとも効率的な金融システムが整備されているため、途上国で広がっているフィンテックは必要ないのが実情だろう。海外で何が起こっているかを知るのは必要だが、そのまま日本で受け入れられるわけではない」

 ―日本ではどのようなフィンテックに可能性がありますか?
 「日本の金融サービスで不便とされていることを一つ一つ解決していく他はない。ATMの設置コストをどうするかや、送金手数料の高さなど、フィンテックの技術を応用できる可能性はある。そのほか、高齢化が進んでいる日本ならではのサービスもあるだろう。ミレニアル世代が増加し続けている国とは自ずと異なる。フィンテックによってお金の流れを可視化することで、認知症の兆候に気付いたり、振り込め詐欺を防いだりするサービスが実現するかもしれない。IT関係のコミュニティーは、どうしても同じ価値観で群れがち。日本の社会全体の課題とズレてしまうところがある。そういうところはメガバンクなど従来の企業が取り組むべき。その一方で若い起業家はクールなサービスで頑張り、棲み分ければ良い。おそらく日本ではフィンテック企業が従来の金融機関を破壊するようなことは起きないのではないだろうか」

 ―日本ではベンチャー企業が受け入れられにくいこともあるのでは?
 「ベンチャーへの投資はこの7年で15倍に跳ね上がっているが、フィンテック企業に関してはメガバンクなど大手企業と組んでいく形が良いのではないか。海外と比べると多様性がなく均質な社会である日本では、お互いの信頼感が重視される社会だ。まして金融は信頼性がもっとも必要とされる産業だ。そこではベンチャー企業はなかなか入り込みにくいだろう。一方でフィンテック企業が日本でも増えていくことで、メガバンクなど金融業界の体質が変わるきっかけになれば良い。私は銀行出身だが、米国に行って驚いたのは、銀行のステータスが日本とまるで違うことだ。どんなサービスをしてくれるのかを見て、企業側が取引する銀行を選んでいる。金融機関はあくまで黒子で、偉いのは実際に事業を行っている側。“半沢直樹”的な世界が残っている日本とは正反対だが、本来はそうあるべきだろう。どんな産業でもそうだが、テックは業界の歪みや非効率性をなくしていくことにつながる」

強い会社だけが生き残る

 ―米国ではフィンテック企業への投資が落ち着いてきたようですが。
 「ちょうど一巡したところだろう。米国のベンチャーキャピタルは、ブームになると大量に資金を投下するが、そこから強い会社だけが生き残る。ドットコム企業の時もそうだった。バブルがはじけても死なないのが、ファンドマネージャーの腕の見せ所。ただブームに参加しないことには宝くじには当たらない」

「ブームに参加しないことには宝くじには当たらない」(伊佐山さん)

 ―日本の状況はいかがですか。
 「日本でもフィンテックベンチャーが現れているが、まだまだ知る人ぞ知るという段階だし、ほとんどの企業がそれほど儲かっていない。これから大企業と手を組み収益力を高めていかなければならないが、時間はかかるだろう。ただ米国と違うのは、日本では大企業が社内でベンチャー(新規事業)に投資するケースが圧倒的に多いこと。欧米でベンチャーに対するM&Aが活発なのは、優秀な人材を獲得するのが最大の目的。いわば採用の代替。しかし日本では優秀な人の多くが大企業に入ってしまう。だからM&Aをする必然性がそもそも薄い。ただ大企業の中で本当にイノベーションを起こせるのかという課題は残る」

 ―フィンテックでは仮想通貨も話題ですが、バブルも懸念されます。
 「まだアーリーアダプターが手を出している段階。IT経営者が投資して儲かった話をしているぐらいで、ものすごく少ない人間が小さな祭りで盛り上がっている。まだ生活で使われているわけではないし、たとえバブルが弾けても経済全体が揺らぐようなことにはならない。ただ長い目で見れば、仮想通貨は金融インフラが整っていないところで受け入れられるかもしれないし、金と同じような資産となるかもしれない。国の通貨とは異なるニュートラルな通貨というのは直感的にはあり得るように感じるが、時間はかかるだろう」

 ―フィンテックなど新しい技術が社会を変えていく時、個人はどう生きていけば良いでしょう?
 「何を価値と考えるかを一人一人が考えないといけないだろう。技術は世界を平準化してしまう。そこで生き残るためにどのようなスキルを身につけなければならないのか。従来通りの国内だけで通用する生き方をしていると、市場は縮小していくだけ。そのような危機感を持てるかだ。日本は未だに過去の貯金のおかげで、これまで大きな変化をせずに生活することができたが、これからは個人が国境なきグローバル社会で戦っていかなければならない。仮想通貨で資金を調達するICOが注目されるのも、結局は個人の時価総額で決まるような社会が到来しているからだ」

「何を価値と考えるかを一人一人が考えないといけないだろう」(伊佐山さん)

【略歴】
 伊佐山元(いさやま・げん)1973年(昭和48年)生まれ、東京都出身。東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に入行。米国大手ファンドDCMを経て、2013年WiLを設立。シリコンバレーと日本を行き来しながら、ベンチャーの投資支援事業、企業内のイントレプレナーの育成などを通じてイノベーションの創出に取り組んでいる。
今後の連載予定
【1】インタビュー WiL 伊佐山元共同創業者CEO(10月2日公開)
【2】フィンテックのある生活(10月5日公開)
【3】電子マネーと仮想通貨(10月10日公開)
【4】フィンテックは中小企業の味方(10月12日公開)
【5】日本にフィンテックベンチャーは生まれるか(10月16日公開)
【6】インタビュー freee 佐々木大輔社長(10月19日公開)
【7】セキュリティは大丈夫?(10月23日公開)
【8】中国はフィンテック先進国(10月25日公開)
【9】フィンテック普及に向けて(10月27日公開)
【10】インタビュー マネーフォワード 瀧俊雄取締役Fintech研究所長(10月30日公開)