リチウムイオン電池にみるルールメークの未来
有望技術が直面する課題
標準化をめぐる最新動向を紹介してきた一連の特集。最終回は旭化成の吉野彰名誉フェローのノーベル化学賞受賞を機に、注目を集めるリチウムイオン電池をめぐる標準化を取り上げる。繰り返し使える充電式電池(二次電池)の世界ではニッケル・カドミウムに代わる、ほぼ1世紀ぶりの主役交代となるリチウムイオンだけに、標準化をめぐるトレンドも変わりつつあるようだ。
規格づくり日本が主導
スマートフォンなどデジタル機器に搭載され、モバイル社会を支える技術として注目されるリチウムイオン電池。ポータブル機器用リチウム二次電池の国際標準化をめぐっては、安全規格にまつわる議論を諸外国が主導するのに対し、日本は性能規格における議論をリード。そんな中、国内外で相次いだノートパソコンの発火事故を受けて日本の法規制が強化されたことを反映して、事故原因を模擬した試験および機器側に求められる作動領域を規格に追加することを提案。結果、ポータブル機器用リチウム二次電池の安全性に関する国際電気標準会議(IEC)規格が2012年に発行。現在は同規格の改訂作業が進められている。
一方、リチウム二次電池は、産業分野でもさまざまな機器や装置に用いられ、社会インフラの一翼を担っている。携帯電話の基地局などの電気通信関連や無停電電源装置、蓄電装置やフォークリフトや無人搬送車、鉄道・船舶といった移動体用途はほんの一例である。
日本は産業用リチウム二次電池の標準化においてプロジェクトリーダーを務め、性能規格および安全規格開発を主導してきた。これらは「アンブレラ規格」と呼ばれる重要なもので、産業領域全般をカバーするだけでなく、新たに特定用途の規格を開発する際にはこの規格が参照される。
この10月、中国・上海で開かれたIEC総会に合わせて開催された分野別の会合のひとつで、その産業用リチウム二次電池の中でも、蓄電用に特化した新たな安全規格の最終案が示された。
IECに設置されているリチウム二次電池など関する専門委員会のワーキンググループ(WG)のひとつで、コンビナー(WGの主査)を務める電池工業会国際電池規格委員会の島博隆委員長(マクセル主任技師)は、その意義をこう解説する。
「世界貿易機関(WTO)のルールで工業製品などの規格に国際標準への適合が要求されるようになったように、日本製品の輸出拡大、とりわけ市場拡大が見込まれる産業用途のリチウム二次電池の国際規格づくりを日本が主導することは大きな意味があります」。
一方、国内標準に目を転じると産業用リチウム電池の標準化は、東日本大震災後、非常用蓄電池への早期導入を促すため、日本工業規格(JIS)として2012年に発行。その後、国際標準化を日本主導で進め、17年にIEC規格が発行した経緯がある。今年3月には、今度はJISを国際規格に準拠するよう整合性を取った改正版が発行されるなど、国内外の市場動向をにらんだ標準化戦略が講じられてきた。安全性の確保のみならず、生産合理化や流通、貿易の促進を図るためだ。
規格化の対象広がる
標準化の象徴ともいえる電池の世界だが、エネルギーの効率利用や地球温暖化対策の切り札として有望視されるなか、規格づくりをめぐる議論においても新たな潮流が押し寄せている。アプリケーションごとに議論の場が増えている現状はそのひとつ。2018年には航空機用電池の規格化を議論するワーキンググループが、二次電池全般を議論する委員会から、前述の島氏が所属するリチウム二次電池を議論の対象とする委員会の所管へ移される形で発足した。
「電池はあくまで部品のひとつですが、これを搭載した機器や社会システムが飛躍的に普及することが見込まれる中、境界領域での技術仕様や品質は一層重要になるでしょう」。電池工業会の中根育朗事務局長はこう指摘する。
革新的な技術の登場によって、既存の産業の枠組みでは捉えられない新たなサービスや社会のあり方が生まれることで、標準化に新たな視点も求められている。
「もっとリエゾン」しなければ
「電池の専門家でない人たちが電池の規格化を議論している。もっと『リエゾン』しなければならない」。
島氏は、昨年のIECの会合で、二次電池全般を議論する委員会の議長がこう発言する姿を鮮明に記憶している。リチウムイオン電池の用途そのものが拡大することへの期待感が高まる一方で、電池の世界に属さない人が規格開発に携わることを危惧する姿勢に共感したからである。
「リエゾン」とは、国際規格団体同士が緊密に情報連携しながら互いの規格の審議する姿勢のこと。次代の基盤技術として社会を大きく変える可能性のあるリチウムイオン電池だけに、率先してそんな姿が期待されるのかもしれない。関係者はこう受け止めている。
製品やサービスを海外で展開していく上で重要なツールとなる標準化。グローバル市場の獲得に向けた各国間の熾烈な競争が予想される中、産官学が相互に連携を図りながら協力し、戦略的な標準化やルール形成への取り組みが期待される。
標準化をめぐる特集は今回で終了です。次回からは「君は万博を知っているか」を掲載します。