今どきの本屋のはなし

1日1軒以上書店が消えた… 薄利や流通慣行の難題をどう乗り切るか

書店が今、大ピンチに陥っている。インターネット、スマホ、SNSなど、デジタルの荒波が押し寄せ、地元に愛されてきた「街の本屋さん」が次から次へと閉店している。何が起きているのか。そして、活路はないのか。書店チェーンと出版業界紙のトップに尋ねた。

出版文化産業振興財団調べ

デジタルに食われ続ける 雑誌市場はピーク比7割減

まずはデータだ。日本出版インフラセンターによると、書店の2023年度の総店舗数は全国1万918店で、10年前の1万5602店から3割以上減った。23年度の閉店数は614で新規開店は92と、減少に歯止めはかかっていない。「書店のない市区町村」が24年8月末時点で全国の27.9%に及ぶという、一般財団法人・出版文化産業振興財団(JPIC)の調査もある。

書店激減の背景には、売り上げ不振がある。出版科学研究所によると、日本で紙の出版物(本と雑誌)の売り上げは1996年に2兆6564億円とピークに達し、そこから下降の一途をたどる。2023年には1兆612億円まで落ち込んだ。とりわけ目立つのが、雑誌の落ち込みだ。22年の売り上げ(週刊誌、月刊誌、コミックス、ムック)は4418億円と、ピークだった1997年の3割にも満たない。

関連して「読書離れ」を物語る数字もある。文化庁の2023年度「国語に関する世論調査」では、1か月に本を1冊も「読まない」と答えた人が62.6%と、5年前の前回調査を15.3ポイント上回り、初めて6割を超えた。読書量が以前より「減った」と答えた人も69.1%。減った理由を複数回答で尋ねたところ「情報機器(スマホやタブレット端末など)で時間が取られる」が43.6%と、最も多かった。

有隣堂・松信健太郎社長「書店のコストをデジタル化で削減する」

まず話をうかがったのが、有隣堂の松信健太郎社長だ。横浜市を拠点に全国45店舗を営む松信さんが話す書店復活のヒントとは――。(以下、松信さんのインタビュー)

インタビューを受ける松信健太郎社長(左)と、有隣堂横浜駅西口ジョイナス店

紙の出版物の市場が縮小し続けてきた原因は、社会全体のデジタル化に尽きます。

情報収集の手段が多様化し、スピード感が上がり、余暇の時間をインターネットやSNSが奪っていく――。出版物の市場のピークだった1996年は、ネットの普及が一気に進んだウィンドウズ95の発売翌年に当たり、そこから下降の一途をたどります。無関係な出来事だとは思えません。ただし私は、人類のツールや社会の進化は基本的に歓迎すべきだし、止めるべきではないし、抗うべきでもないと考えています。

人間が健全に成長していくうえで、街で本が手軽に買える環境は確かに貴重で、書店が減れば日本人の知的レベルが低下しかねません。出版文化の多様性を守ることも大切です。だからといって、本屋が「文化なのだから経営を助けて」といった声を上げるのは甘えでしかなく、通用しないと思います。書店も小売業の一形態である以上、苦しい局面では自力で活路を探るのが本筋でしょう。

私たち有隣堂は、現在の年間売り上げが500億~600億円で、その約6割を文具やOA機器の通販などが占め、出版物の売り上げは200億円を切ります。「書籍+α」という業態開発、つまり書籍と親和性の高い別のビジネスによって、会社を存立させています。ユーチューブに動画チャンネルも開設して「有隣堂ファン」を増やすことにも力を入れています。

そのうえで「本を売るだけでも飯が食える時代」を、もう一度見たいと願っています。書籍の粗利率は30%超えが必須ですし、返本率を20%くらいまで下げたいところです。出版流通の再構築を進めなくてはいけません。

書店には現在、コスト増という問題も立ちはだかっています。

まず人件費は、石破首相が就任時に「2020年代に最低賃金1500円をめざす」と打ち出しました。全国平均が時給1500円なら、私たちの店舗が多い神奈川や東京は1600~1700円になるでしょう。少し以前、時給800円くらいでアルバイトを募集していた頃とは、全く違うコスト感覚です。次に、賃料です。不動産価格と建設資材の高騰で、家主に対する土地開発業者の投資回収が厳しくなっています。それを反映して、家主が書店に求める賃料も高くなりました。昔は商業施設や駅ビルの中で、書店は集客装置として評価され、賃料の優遇措置を受けることが多かったのですが、通用しない時代です。光熱費も上がっています。自前の物件で営んでいる老舗書店の多くは、相続税に苦しんでいると聞きます。地価の高騰が固定資産税を上昇させ、それが相続税にも反映されるのです。

有隣堂の横浜駅西口ジョイナス店内

ICタグ装着で「希望が持てる」

これほどコストが膨らんでいるのに、出版流通業界には、業務の無駄が多すぎます。デジタル化・業務の効率化が急務です。ただ、最近になって、業界内に改善の動きが出始めたのは好材料です。出版社と総合商社が組んで、AI(人工知能)による配本や、出版物へのICタグ装着の実証実験を進めているのです。ICタグが全書籍についたら、入荷検品や棚卸しなどが省力化し、市中在庫を一瞬でつかんでデータ管理できるので、無駄な発行と返品も省けます。実証実験には有隣堂の店舗も協力していますが、業界全体の業務が効率化へ向かいそうな手応えが感じられました。本格稼働すれば、書籍の返本率や粗利率も改善されていくはずです。

デジタル化や業務の効率化は政府が進めている動きでもありますが、これまでの出版流通業界は大きく立ち遅れていました。この点で巻き返せれば、業界の将来に希望が持てると思います。

文化通信社・星野渉社長「返本率をどれだけ下げられるか」

次に話を聞いたのは、出版・新聞業界の週刊紙「The Bunka News」を発行する文化通信社の星野渉(ほしの・わたる)社長。長年業界を見つめ続けてきた星野さんは何を語るのか――。(以下、星野さんのインタビュー)

インタビューに応じる星野渉社長(左)と、東京都内の文化通信社内

紙の出版物の流通ルートは「出版社→取次→書店」の三者で形成されます。出版社が作り、取次と呼ばれる卸業者が配送し、各地の書店が読者に販売します。

売り上げ好調だった1990年代まで、書店経営はコミックスとともに、雑誌によって支えられてきました。最新号が定期的に刊行され、安価で大量に売れる雑誌は「薄利多売」の商品です。取次が張り巡らせた流通網にしても、大量な雑誌を津々浦々の書店に素早く届けるためのもので、書籍は雑誌を積んだトラックに便乗する格好で配送されてきました。

そんな雑誌売り上げの激減こそ、現在書店の経営が苦しい直接的な原因です。インターネットの隆盛と共に、雑誌の媒体力は下がり、伝統ある雑誌の休刊も相次いでいます。書店はもう雑誌には頼れません。

出版流通業界は今、「薄利多売」から、売れる数が少なくても十分な利益を確保できる「厚利少売」への転換を迫られています。「本をしっかり売れば商売が成り立つ」という書店経営を実現したいところです。①書店の粗利率を上げる ②本の定価を上げる ③返本率を下げる――この3点が不可欠だと私は考えています。

①の「粗利率」から説明しましょう。たとえば書店が1000円で売った本を780円で仕入れていた場合、差引額の220円が「粗利」で、粗利率は22%です。書店は、220円の粗利から経費(人件費、家賃、光熱費など)を支払い、残りが営業利益(もうけ)となります。②の定価は2023年時点で、平均価格が書籍1285円、雑誌661円(出版科学研究所調べ)です。出版物は、値下げ競争を防ぐ「再販売価格維持制度(再販制度)」によって、出版社が決めた定価を変えられないことになっています。

日本では長らく、粗利率が22~23%で推移してきました。本を読む人が減り、雑誌も売れない。物価も高騰する今、この数字を30%以上にしなければ、書店にもうけは残りません。書店が厚利少売へ向かうには、出版社が定価を全体的に上げることも必要でしょう。

書店は仕入れを効率化して③の「返本率」を下げる努力を求められます。2023年度時点で、返本率は書籍が33.4%、雑誌が42.5%に上ります。返本は、配送料や倉庫での保管料など出版社側のコストを増やすものであり、その割合を20%くらいまで下げられれば、粗利率の高い定価を設定する余裕が生じるでしょう。

返本率が40%前後に上るのは「本を書店が発注していない」ことも背景にあります。日本の書店で、棚に並んでいる本の多くは取次から自動的に入荷したものです。出版社が新刊を出すと、本の内容と店舗の規模や立地を考え合わせ、取次と出版社が決めた数が書店に届きます。大量に流通する雑誌などに適したやり方で、そういう見計らい配本のパターンがあるのです。書店側が発注した新刊本は、たいてい店内に一部だけです。

出版物には、売れ残りを仕入れ価格で書店が取次に返品できる「委託制度」があります。このため、日本の書店の中では「なるべく売れ残らないように発注しよう」という発想が生まれにくい状況にありました。今ではそうでない書店もありますが、多くの書店では、見計らい配本で入荷した新刊本を、売れなければどんどん返品する仕入れのやり方に慣れてしまっていたのです。

「ブックセラーズ&カンパニー」に期待

アメリカやドイツの書店を視察すると、書店の中にある本はすべて、書店が発注していました。見計らい配本は存在しません。両国とも、返本率は10~20%に抑えられ、粗利率はドイツでは約35%でアメリカでは40%以上だそうです。書店を取り巻く環境や社会における役割が違うので、単純には比べられませんが、欧米の返本率や粗利率は見習いたいところです。

その点で、私は「ブックセラーズ&カンパニー」に注目しています。書店大手の紀伊國屋書店とカルチュア・コンビニエンス・クラブが、取次大手の日本出版販売(日販)と組んで23年10月に設立した共同出資会社です。本の発注は書店が責任を持って担い、日販は物流に徹することで、返本の削減と書店の粗利率30%実現を目標に掲げています。この会社のビジネスモデルが成功すれば、書店の減少に歯止めがかかるきっかけになるのではないでしょうか。

<インタビューを終えて>
書店が現在置かれている苦境は明らかである。ただ、業界トップの2人のインタビューから感じられたのは、悲壮感ではなく、将来への期待感だった。書店文化をなんとか後世に残す。そんな決意がひしひしと伝わってきた。