失敗を教訓に日本発の完成機を!新「航空機産業戦略」の狙いとは
2024年4月に策定された「航空機産業戦略」では、ボーイング社やエアバス社など海外の完成機メーカーと肩を並べる立場で、国際連携による完成機事業の創出を目指す方針が打ち出された。三菱スペースジェット(MSJ)の中止や、国際民間航空機関(ICAO)による2050年までのカーボンニュートラル(CO2排出量実質ゼロ)長期目標の採択など、日本の航空機産業は大きな転換点を迎えている。戦略策定の狙いはどこにあるのか。官民で議論を行った「産業構造審議会航空機産業小委員会」の座長を務めた東京大学大学院工学系研究科の李家(りのいえ)賢一教授と、担当課として取りまとめを担った経済産業省航空機武器産業課の呉村益生課長が対談した。
進行は航空機武器産業課の青田航課長補佐と前任者で現・宇宙産業課の岩永健太郎課長補佐が務めた。
MSJの中止、カーボンニュートラルが大きな転機に
青田 今回策定された「航空機産業戦略」は2014年以来の新たな戦略です。私は2024年7月に着任して、現在、戦略の実現に向けた業務に携わっていますが、戦略の策定自体には携わっていないところ、まず、新しい戦略の検討に踏み切った背景をお伺いします。
呉村 戦略の検討を始めた当時を振り返ると3つの視点がありました。1つ目は2023年2月の国産リージョナルジェットであるMSJの開発中止です。日本としては、非常に大事なプロジェクトを失ったことが、そのレッスンも含めて次にどういう手を打っていくのかという点で大きなきっかけになりました。2つ目は、航空機産業を取り巻くゲームチェンジと呼べるような大きな環境変化です、2050年までに航空機産業への義務となる「カーボンニュートラル」のみならず「デジタル」「レジリエンス」「無人機など新たな新興市場」の4つの局面で大きな環境変化が起きています。3つ目は我が国の産業構造そのものの課題です。日本は、ボーイング社やエアバス社など海外の製造メーカーであるOEMに部品を供給する優秀なサプライヤーです。その海外OEMへのサプライヤービジネスだけで今後のこうした大きな環境変化を乗り切れるのか、付加価値領域がシフトしていく中で、産業構造そのものを変化していかなければならない、という3つの視点でした。
青田 李家先生の目から、当時の航空機産業はどのように見えていましたか。
李家 2020年のコロナ禍で航空輸送が激減し、「このまま航空輸送はなくなる」という危惧を抱いていたところ、追い打ちをかけたのがMSJの中止でした。世界的にはサステナビリティ(持続可能性)や地球温暖化防止といった新しい課題が出てきて、「グリーン」がキーワードになると感じていました。
青田 大きな環境変化、産業構造、MSJの中止などの課題もありながら、変化を遂げるチャンスという面もあったのだと思います。航空機産業はメーカーの重工、サプライヤーの中小企業、そしてエアライン始めとして多くのいろんなステークホルダーがいる産業です。「航空機産業戦略」の策定まで、どのような議論があって、どうまとめていったのでしょうか。
呉村 1つ目は、日本の航空機産業の成長や新たな開発はボーイング社やエアバス社など海外に完成機メーカーがあるので、彼らの理解・共感を得ないと決まらない。民間企業はこれに最も苦しんでいます。航空機武器課長は直接海外OEMと議論・交渉するのが仕事です。国と民間が連携しながら、どのように海外の完成機メーカーを動かしていくのか、が最も大きな課題です。2つ目の議論は「時間軸」です。民間企業はカーボンニュートラルへの対応や新たな航空機プロジェクトへの参入については総論では賛成だが、ビジネスとしてのフィジビリティ(実現可能性)にはまだまだ懐疑的です。ビジネスとしてどう実現させるかという計画がないと先に進まない。このニワトリ、タマゴの関係をどのように克服していくか。3つ目は「ビジネスポートフォリオ」の問題です。航空機ビジネスを担当する各重工メーカーの副社長や担当役員から「経産省と連携して航空機のビジネスをもう1回やろう」と言っていただいても、企業側の社長含めたコーポーレートや、株主との関係で、会社としてどのような長期の投資をして、どういうリソースを使っていくのかについて納得感がないと、企業を動かせない、という議論もありました。
青田 日本の航空機産業の特殊性を踏まえた議論がされたのですね。「産業構造審議会航空機産業小委員会」ではどのような議論があったのでしょうか。
李家 重工メーカーや装備品メーカー、エアライン、ファイナンスなど各方面から、国として、企業として、航空機産業がどう生き残るのかという議論をしました。ただ、カーボンニュートラル関係の技術がいつ使われるようになるか分からない状況で、マスコミから「2035年に日本がまた新しい飛行機を作る」というニュアンスの記事が出て大変驚きました。そうではなくて、まずは2035年ぐらいにカーボンニュートラル技術の方向性が見えるだろうから、その段階で決断して先に進んでいくというロードマップを作ったと考えています。
「MSJをもう一度やる」というプロジェクトではない
青田 変革の時期にどのような将来を描くのかを、皆さんで議論していただきました。ここからは具体的な戦略の中身について、私の前任者で、戦略の策定を進めた岩永課長補佐がお伺いします。
岩永 産官学の様々な方と議論させていただき、その知恵と想い、具体の構想を込めた戦略を取りまとめました。この実現に向けて、日本としてワンチームで動いていくためには、航空機産業に携わる多くの方と正しい共通理解を形成することが重要と思います。改めてポイントをご説明ください。
呉村 「MSJをもう一度やる」というプロジェクトや戦略ではありません。将来的に日本が完成機事業を実現するためにも、その能力を磨きながらステップ・バイ・ステップでプロジェクトを作るというグランドデザインを戦略の中で描いています。完成機事業を創出するための3つの重要なポイントを盛り込んでいます。1つ目は「インテグレーション(統合)能力の獲得」です。飛行機の部品を作る能力だけではなく、設計から製造、整備・補修・オーバーホール(MRO)を含めたトータルなインテグレーション能力を獲得していくことです。2つ目は「我が国の強みを生かしたステップ・バイ・ステップでの成長」です。MSJへの産業政策としての反省点は「一発勝負」でやろうとしたこと。飛行機の世界は1回失敗するのは当たり前で、むしろ2回、3回と勝負していかなければいけない。それを官民でどういうリスク分担をしていくか。3つ目は「グローバル体制の構築」で、世界中で航空機開発・製造のリソースが逼迫する中、日本として自国だけで考えるのではなくグローバルな飛行機作りに貢献していくことです。
岩永 MSJの中止をどのように教訓にしていくのか、という点は重要なポイントとして議論をしていただきました。その辺りをもう少しお話しください。
呉村 MSJは国産初のジェット旅客機のプロジェクトとして2008年に始まり、2023年に中止が決定されました。中止の背景には政策面を含めて4つあります。1つ目が「型式証明(TC)」です。三菱重工は国産ビジネスジェット機「MU-300」でTCを取った経験がありましたが、MSJという最新鋭のリージョナルジェット旅客機のTCは取れなかった。安全性を証明するには、飛行機のものづくりとは別の能力、別のチームが必要です。2つ目は、設計の遅れがサプライヤーのマネジメントの失敗に繋がりコスト増となっていったこと、3つ目はコロナ禍でリージョナルジェット市場が圧倒的に冷え込んだこと。もう1つ政策的な反省点として、当時の官民の連携では「官は開発初期の研究開発のみを支援、その後は民が責任をもって事業をやる」という役割分担に終始をしてしまったこともあります。
李家 当初、MRJと呼ばれていたMSJは日本の誰もが技術ばかりに目が向いていた面がありました。試験機1号機を造り、お披露目をして、あとは認証を取ればすぐに市場に投入できると錯覚してしまった。その後、TCを得るための設計の修正などがたくさん入りました。民間旅客機の認証プロセスの経験、ノウハウがなかったことで開発が遅れたというのがMSJ中止の最大の要因だと思います。
グローバル連携の下、インテグレーション能力の獲得目指す
岩永 日本の航空機産業の構造を変えていく、サプライヤー構造からどう変わっていくのかという点で、インテグレーション能力の獲得が重要ですが伝わりにくい点でもあると思います。インテグレーション能力をどのように定義して、どのように獲得していくべきでしょうか。
呉村 エンジニアリングのインテグレーション、つまり製造だけでなく、設計上流から開発に入っていくことも大事です。一方で、作ったものを販売し、MROという修理まで一貫して手がけるなどビジネスとしてのインテグレーションも必要になります。この両方を経験していくことが大事だと思います。
李家 インテグレーション能力ということでは、認証プロセスに尽きると思います。これまでは完成機メーカーのもとで、主翼や胴体を造るという「下の階層」での活動だったので、認証プロセスまで立ち入ることがなかったのは仕方ない。しかし、完成機を作るとなると、それをやらなければいけない。これからはデジタル技術を活用して、認証プロセスを考えながら、設計から作業していくことが必要です。
岩永 これから10年かけて、インテグレーション能力獲得等の準備をして、ステップ・バイ・ステップで産業構造の変革を目指す訳ですが、先ほどのグローバル体制という点を含め、どのようなステップになりますか。
呉村 今後、産業構造そのものが付加価値を生み出していくためには、航空機開発において「主体性」と「不可欠性」が必要です。日本としてこういう航空機を開発したいとか、こういう付加価値部分を担っていくんだというウィルこそが「主体性」です。また、それを主張するためには「不可欠性」がいります。日本の「不可欠性」という観点では、分厚いものづくりの基盤を維持できている日本の価値が今世界の中で非常に上がっています。世界ではコロナ後、ものづくり基盤やサプライチェーンを維持することに大変苦労しています。日本は強みであるものづくりの基盤とサプライチェーンを維持しながらも、どういう技術でどういう完成機を作っていくのかを発信し、どのようにグローバルな仲間、プレーヤーと新たな開発を連携していくのかが大事です。
青田 日本で完成機事業の創出を目指す意義について、李家先生のお考えはいかがですか。
李家 単に「日の丸飛行機」を作りたいということではなくて、主体的な国であるためには、国民の経済活動や安全を支える重要な製品として航空機を作れないといけない、それに尽きます。日本は、防衛用途の機体はずっと完成機として作ってきていますが、これから、世界に売れる民間機を作っていくことに主体性を持つことが必要なのだと思います。
政策実現に向け、長期スパンで「バトン」をつなぎたい
岩永 航空機産業戦略の実現に向けて、これから構想の具体化が大事になってくると思います。戦略の構想を長期にわたって進めていくにあたり、重要なことは何でしょうか。
呉村 政策的に言うと、1つ目は、企業が完成機メーカーへ技術や共同開発の提案をするためのサポートです。どれだけ技術があっても、完成機メーカーに理解されないと意味がありません。2つ目は、収益基盤づくりのために設計上流やMROのようなサービスにも入っていけるようなサポートです。3つ目は、日本の「不可欠性」であるもの作り基盤やサプライチェーンを、デジタルやオートメーション技術などを用いながらさらに洗練していくことだと思います。
航空機産業政策が普通の産業政策とは違うのは、10~20年と長いスパンでやらなければならないということ。当然、人事異動もあります。航空機武器産業課の仕事は、1回の人事異動で何か結果が出せるわけではなく、僕らが描いた「絵姿」のバトンをきちんとつないでいくことです。岩永さんは宇宙産業課へ移りましたが、引き続き自分が関わった航空機産業政策に関わり続けてほしいと思います。
岩永 「航空機産業戦略」には防衛と民間との連携や、製造業のみならずエアラインも含めた航空産業全体を捉えた政策が重要とも記載しました。
呉村 防衛と民間はサプライチェーンが一緒ですので、防民が一緒に強靭化していくことは非常に大きなテーマです。当課では「グローバル戦闘航空プログラム(GCAP、日英伊で次世代戦闘機を開発)」のサプライチェーンの強靱化について防衛省と連携しながら進めています。実はMSJで学んだ人たちが今、GCAPに移ってインテグレーションの経験を発揮しています。その経験が、我々が「航空機産業戦略」で仕込んでいる新しいプロジェクトにも生かされて、ノウハウや知見が蓄積されていくというのがあるべき姿でしょう。また、航空機のライフサイクルを考えると、製造業のみならずエアラインを含めた「航空」業界のステークホルダー全体で成長していくことが重要です。戦略の策定のみならずMROや需要創出など具体的な施策を一緒に進めていくべきです。
技術開発から安全認証取得まで、官民連携の取り組み必要
青田 「航空機産業戦略」の実現に向けて、政府に期待したいことは何でしょうか。
李家 航空機の開発にはかなり長い期間と膨大なお金が必要です。海外の航空機メーカーは、過去に作った航空機の儲けで新しい航空機を作っています。日本の場合は、最初の一歩というところなので、最初の機体を作って順調に売り上げを伸ばしていけるところまでは、国のサポートがないとやっていけないでしょう。また、機体開発のための設備も、重工メーカーだけで全部揃えるのは不可能なので、国として必要な設備を用意することは非常に重要です。
もう1つはカーボンニュートラルについて、今、経産省と国交省でつくる「新技術官民協議会」で新しい技術の認証取得の方策を議論しています。航空機の脱炭素化を進め、我が国の競争力強化につなげていくためには、技術開発を推進するとともに、官民が連携して安全基準の策定に参画したり国際標準化に向けた取り組みを進めたりしていくことが重要です。日本の企業が航空機の新しい技術において主導的な役割を果たすためのサポートも非常に重要です。
青田 李家先生の政府への期待も踏まえて、改めて戦略の実現に向けた意気込みをお願いします。
呉村 航空機産業は圧倒的な成長産業なので、途中で諦めず、日本の強みを保ちながら、付加価値を常に追いかけるというゲームを長期間続けることが大切です。「航空機産業戦略」の策定によって、まず一歩踏み出した段階ですので、経済産業省としてバトンをつなぎながら長いゲームを勝ち抜いていきたいと考えています。