タイから、日本・世界経済のサプライチェーンを支える!
【在外勤務者】に聞く、日本企業の海外における経済活動を支援するために今求められていることとは? 経済産業省という複雑な組織を「解体」して、個々の部署が実施している具体的な政策について、現場の中堅・若手職員が分かりやすく説明する「METI解体新書」。今回は、AOTSバンコク事務所に勤務する藤岡さんに話を聞きました。
日ASEANのさらなる経済協力深化のために
――― 2022年からタイに赴任されていますが、現地ではどのような業務を担当されているのでしょうか。
一般財団法人 海外産業人材育成協会(以下、AOTS)バンコク事務所長と日ASEAN経済産業協力委員会(以下、AMEICC)の事務局長を兼務し、日タイだけでなく日ASEANの経済協力の深化をミッションとして担っています。
AOTSでは、経済産業省の担当部局と連携しながら、人材育成の支援を行っています。例えば、官民関係者で構成される、タイの水素分野の業界団体の方々に、日本の先進的な取り組みを見てもらうため訪日研修などを組成して、水素をタイのエネルギー政策上しっかりと位置づけつつ、その後のルール形成にもつながるような形で、タイの水素社会を担う人材の育成を支援しています。
もう一つ力を入れているのが寄付講座です。日本企業が現地の大学に講座を作ってタイの学生に自らの取り組みを教えるというものですが、講座そのものの設置だけでなく、その後、学生が実施するインターンに対しても補助することが可能です。グローバル企業や台頭する地元企業との間で人材獲得競争が激しくなる中、日本として優秀な人材を獲得するために大学との結びつきを強化していくことが重要と考え、こうした取り組みの後押しをしています。
――― 兼務されている、日ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC)の業務についても教えてください。
AMEICCは、日・ASEAN経済大臣会合の下部組織として、日・ASEANの産業協力を通じ、ASEANの経済発展を実現すべく1998年に設立された組織です。経済産業省の幅広い部署と連携しつつ、自動車、化学、中小企業、メコン開発協力の4分野でワーキンググループを設置し、日ASEANの官民のキープレイヤーと、産業協力を進めるべく対話を重ねています。加えて、日ASEAN協力に関係する調査や実証の支援、日ASEANのイベントのサポートも行っています。こうした取り組みについて、事務局の代表として毎年開催される日ASEAN経済大臣会合で進捗報告をするのも重要な役割です。
サプライチェーンの脱炭素化は待ったなし
――― 様々な支援をされている中で、ASEANと日本の関係性や課題について、どのように捉えられていますか。
製造業分野では、日本はASEANに最も投資をしているパートナーです。近年、中国などの進出もありますが、日本企業は古くからこの地で投資をしてきていて、累積投資額では引き続き第一位となっています。
日本企業各社は、ASEANでサプライチェーンを構築していますが、部素材の調達についてもASEAN域内で5割以上を調達しています。さらにその調達先も、現地企業からの調達が約半数を占め、ASEAN各国と連携しながら裾野の広いサプライチェーンを構築しているのが特徴です。
過去から築き上げてきた強固なサプライチェーンも、将来的に渡り盤石、という訳ではありません。事業環境変化に合わせて、常にアップグレードする必要があると考えています。こうした事業環境変化の中で、最近は特に気候変動問題への対応から、「脱炭素」が注目されています。例えば、アップル社は2030年までに同社に納める製品製造のための全電力の再エネ化を要請しており、ASEANに立地する同社の取引先のほぼ全社がその目標にコミットしています。こうした取引先や最終顧客からの強い要請に伴い、日本企業をはじめ、グローバルサプライチェーンに参画する企業にとって、世界に輸出をするためには脱炭素対応をしないと競争力が維持できなくなる事態が想定されるため、持続可能なサプライチェーンの構築のためにも、しっかりと対策を打つ必要があります。
――― 藤岡さんご自身も、在外赴任前には脱炭素に関係する業務を担当されていたそうですね。
タイ赴任の直前まで、資源エネルギー庁でエネルギー関係の施策に長く携わっていました。赴任前は、ASEANで脱炭素がここまで注目されているとは考えていなかったのですが、これまでの勤務経験を現地の方にお話しすると、脱炭素対応で困っているのでサポートしてくれないかという声をいただくことが多く驚きました。
脱炭素というと先進国が主導し、発展途上国は若干受け身と思いがちですが、企業単位で見ると、ASEANでも生き残りをかけて取り組んでいる企業が多くあります。脱炭素の取り組みがグローバルで求められる中、日本にとって、グローバルサプライチェーンが集積している一大生産拠点であるASEANにおいて脱炭素の取り組みを支援し、一緒に取り組んでいくことは、日本の産業競争力を維持する観点でも極めて重要だと考えています。
競争力維持の源泉、GX・DX人材の育成
――― 脱炭素化支援として、具体的にどのようなプロジェクトを行っているのでしょうか。
企業単位で脱炭素を進めて行くには、まずCO2排出量の総量を把握したうえで、費用対効果が高く、取り組みやすい省エネの徹底と電力のクリーン化を行った後、バイオマスや水素などの脱炭素燃料の導入などを検討していくのが基本的な方針となります。
ただ、脱炭素化の初期に取り組むべきCO2排出量の可視化や、省エネ改善に工場内で対応できる人がいないと、なかなか進まないというのが大きな課題です。この課題に対応するため、今年度から社外のASEANにある研修提供者とタッグを組んで研修プログラムの提供を開始します。
従来、AOTSが支援する人材育成は、日本企業の本社にいる専門家が、現地法人で本社工場と同様の製品が製造できるように自社内で指導するというものが一般的でしたが、GX (Green Transformation)や脱炭素化とも関係の深いDX (Digital Transformation)などの新分野は、専門家が各企業内に存在しない場合や、短期間に多くの研修を実施する必要があることから、現地研修施設による汎用化・標準化されたGX・DX研修の提供を通じ、全体の底上げを効率的に実施できる形態を追求しました。また、現地発の人材育成を長期的に自立化させて持続可能なものとするために、企業の負担も一部いただきながら、一定期間補助をする仕組みとしたことも、従来の現地研修施設と連携した人材育成支援と異なる点になります。
具体的には、多くの工業団地が集積するEEC(東部経済回廊。タイ政府が海外企業の誘致などを通じ、経済開発を推し進めている東部臨海地域の呼称)において、政府機関であるEEC事務局とブラパー大学、三菱電機の3者が協力し、人材育成を実施する施設であるEEC Automation Parkを2020年に設立していますが、ここで新たに提供されるGX・DX 研修の提供を支援することを通じて、日系企業や日系企業と取引があるローカル企業のGX・DXを後押ししています。
研修内容としては、工場内の省電力化を通じたCO2削減を推し進めるために、設備・生産ライン単位のどこで電力が消費されているのかをIoTセンサーを使いながら把握をし、その消費量を省エネ活動を通じてどのように減らせるのかを、座学・現場研修を通じて学べるものになっています。こうした研修の提供を通じ、エネルギー・CO2の可視化や省エネ改善に関するノウハウに加え、どのような脱炭素投資が必要かを理解・判断できるような人材を産業界にどんどん提供することを目指しています。
――― 今後の展望を教えてください。
中国や韓国、米国もASEANへの投資を拡大している中、日本としてどのようにASEAN各国に存在感を出していくのかはとても重要だと思っています。そのためのアプローチの一つは、製造業を中心にこれだけ累積投資を積み上げ、世界市場で稼げるアセットを共創してきたので、そのストックを日本としての貢献としてしっかりアピールいくということだと考えています。積み上げてきたアセットを人材育成も含む各種政策を総動員してアップグレードしていくことで、持続可能な稼ぐ力をしっかりつけていきながら、他のパートナー国や地域との差別化を図っていきたいと考えています。もう一つ、人材に対する投資はASEAN各国で一番求めているところだと思います。スポット的な支援ではなく、全体パッケージとして「面」で支援できるのは、長くASEANでの人材育成に取り組んできた日本の強みであり、信頼を得られている部分でもあると思います。
日本としてどう存在感をだしていくかについては、足元苦労しているところではありますが、AOTSとAMEICC両方の役割を担っていることからも、人材育成を日タイ、日 ASEANの経済協力全体の中心に据えていくべきではないかと考え、現地で取り組んでいます。
在外勤務から見えた経済産業省の役割
――― 経済産業省を出て別組織で働くことで感じた気づきがあれば教えてください。
在外勤務をしてみて、経済産業省は現場と本省の距離が近いと感じました。企業によっては、現場と本社との意思疎通に時間がかかることもあるため、現地で活躍されている企業の方と一緒に、本社の方に現地の取り組みを紹介したり、経済産業省の本省経由でもしっかりと説明したりするようにして、現場の声を拾い全体で共有を図るというようなことは、意識して取り組んでいます。
任期を終えて帰任した後も、現地がどういった問題意識を抱えているかという現場観を大切にしながら勤務をしていきたいと考えています。今回初めて経産省の外に出て仕事をしましたが、経産省の問題意識を理解した上で在外に来るということはとてもよい経験でしたし、本省と現場両方を経験したことで、距離感の近さを経産省の持つメリットとして最大限生かして業務に当たれるのではないかと考えています。
【関連情報】
・一般財団法人 海外産業人材育成協会(AOTS)ホームページ
・寄附講座事業について
・日ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC)ホームページ※英語のみ