【石川発】「光コネクタ部品」で世界シェア2位、東京からの本社移転で再生・成長
石川県金沢市 株式会社白山
私たちの快適な生活を支えているネット動画の閲覧やSNSの利用には、電子情報を処理する「データセンター」の存在が欠かせない。近年、クラウドサービスや生成AI(人工知能)の普及により、北米、欧州、アジアを中心に次々とデータセンターが増設されている。このデータセンターなどで使われる光ファイバー同士を接続する光コネクタのコア部品「MTフェルール」の世界シェア2位を占めているのが株式会社白山(石川県金沢市)だ。
保安器(家庭用電話機に使われる雷防護製品)の製造から始まった会社は、一時、経営危機に陥った。NTTグループ出身で「経営の経験はなかった」という米川達也社長(69)は痛みを伴う経営改革に取り組みつつ、社員への粘り強い説明、密接なコミュニケーションを続けてきた。光通信の発展をいち早く見通して、開発を続けた結果、会社は世界中の通信インフラを支えるまでに成長した。
入社後に知った経営危機、「破綻の淵」からの生還
白山の代々の社長には、ほぼNTT出身者が就任している。米川社長は通信端末機器や映像コミュニケーションサービス、検索サイト「goo」などの開発責任者を務めた後、2012年に副社長として当時の白山製作所に入った。1年ほど営業回りをした後、メーンバンクの支店長にあいさつに行ったところ、第一声が「ご存じのように、もう我々の手には負えません。今後一切支援はできません」だった。「ご存じも何も、全く聞いていなかった」と、会社が「破綻の淵」にあったことを初めて知った。「このままだと会社が持たない。来月から社長を代わりましょう」と前社長に直談判、2014年2月、10代目の社長に就任した。中小企業再生支援協議会(現中小企業活性化協議会)の指導を受けてデューデリジェンス(資産査定)をすると、年間売上高と同等の借金を抱えていて、約10年前から粉飾決算をしていたことが分かった。
米川社長は経営再建のために改革を断行した。埼玉県飯能市にあった主力工場を売却し、生産部門を石川工場(石川県志賀町)に集約した。現状で売上規模は大きいが利益率が低く、売上成長率が低い事業を売却する一方、規模はまだ小さかったが利益率・成長率が圧倒的に高い「光コネクタ事業」にリソースを集中することを決めた。
だが、当時の光コネクタ部品の売り上げは1.5億円ほどで、担当者も10人ぐらいだった。「10人がやっていることが最重要で、そこに集中する」と言っても社員は分かってくれない。不安を取り除くため、頻繁に説明の機会を設けた。全社員集会、個別面談、グループ面談、テレビ会議などで、痛みを伴う改革を行うことへの理解を求め、目標とビジョンを繰り返し語りかけ、社員の心を一つにしていった。
予見した通りに業績が伸びていったことも、社員の「納得感」アップにつながった。クラウドの普及に伴い、データ処理のスピードと容量が求められる中、国内外でデータセンターの建設が進んでいた。光コネクタ部品「MTフェルール」の売上高は2012年の1.5億円から2018年には12億円に上り、事業は急成長を遂げていった。
1万分の1ミリの精度、追随許さない技術
白山の主力商品MT(Mechanical Transfer)フェルールの「フェルール」とは「継ぎ手」のこと。光ファイバーケーブルの先端に取り付けてケーブル同士をつないだり、ハブに接続したりする「MTコネクタ」の内部にあり、接続精度を決定づけるコア部品だ。MTフェルール1個の大きさは8ミリ×6.4ミリ×2.5ミリ。ここに太さ0.125ミリの光ファイバーの通る穴が2~32個開いている。この穴の位置が接続先と完全に一致しなければならず、まさに1/10ミクロン(1万分の1ミリ)の世界だ。MTフェルールは樹脂成形品のため、材料を入れる「金型」が重要となる。温度、湿度、時間経過などの影響を考え、金型を微妙に調整する高度なノウハウは、他社の追随を許さない。
石川県に本社を移転、再生・成長路線へ転換図る
2016年、白山製作所は本社機能を東京から金沢市に移し、子会社の白山エレックス(志賀町)と合併して新会社「白山」を設立した。前年に北陸新幹線が金沢まで開通して首都圏と行き来しやすくなっていた。金沢市周辺に研究機関が集積し、共同研究に取り組みやすい環境も追い風となった。米川社長は石川県出身で、人のつながりもあった。東京23区内から石川県内への本社機能移転第1号として、地元紙でも大きく取り上げられ、大歓迎を受けた。
光コネクタの業績アップもあり、本社移転を機に、苦境から脱出し、企業再生と成長路線への転換を図ることができた。また、地元の学生の採用が増えたといい、米川社長は「研究開発の気質を持っている会社という点が魅力に見えるようです」と、笑顔を見せる。
能登半島地震で生産停止するも「代替戦略」で供給を継続
2024年1月1日に発生した能登半島地震では、震源地に近い志賀町にある石川工場も被害を受けた。増産に向けた設備投資を検討し始めた矢先だった。当初、通信が途絶した地域もあったが、スマホの安否確認ツールや社内SNSを活用して 1月3日には社員とその家族全員の安否を確認できた。建物では、天井の崩落、窓・排気ダクト・パーティションなどが損傷した。生産設備には重度の損傷はなかったものの、一時的な生産停止に追い込まれた。
地震の影響をホームページで公表すると、世界中からアクセスがあった。「お客様に迷惑はかけられない」と、仕事始めの1月5日には部品類や「仕掛品(しかかりひん):製造途中で未完成の製品」を埼玉の工場へ送って生産を始めた。15日には、工場内で被害のなかった休養室や男子更衣室で点検、梱包作業を始めた。こうして、一部の工程を暫定的に再開することで、製品の供給を継続できた。地震発生から約1か月半後の2月13日には交替勤務を再開。3月末までに工場の建屋の修繕を終え、4月から通常の生産体制に戻した。
濱本和彦・生産システム本部長兼工場長は「需要が多く供給が追いつかない現状がありました。また、『工場は大丈夫だ』と見せることで社員の安心感も得たいとの思いから、復旧を急ぎました。知恵を出し合って全員で取り組み、何とか乗り越えられました」と話す。
工場は通常に戻ったが、自宅が被災し、不安を抱える社員も多い。総務部のメンバーが中心となり、5月から「心のケアプロジェクト」を開始した。産業医などと連携して、社員一人ひとりと向き合ってヒアリングを続けている。
次世代通信基盤IOWNの研究開発に参画
白山は2021年2月、NTTが商用化を進める次世代通信基盤「IOWN(アイオン)」を推進する国際団体「IOWNグローバルフォーラム」の研究開発に参画した。ソニー、NEC、富士通など日本の大企業を始め、米インテル、グーグルなど世界の一流企業が名を連ねるプロジェクトだ。
IOWNとは「革新的な光と無線のネットワーク」のこと。技術の核となるのは、光信号と電気信号を融合する「光電融合」。電気信号と光信号を扱う回路を融合し、情報処理を高速化したり省電力化したりする技術だ。データ通信量は世界中で爆発的に増えており、省電力が可能となるIOWNへの期待が高まっている。白山は、MTフェルールで培った光接続の技術が「光電融合技術」に生かせるとして、「IOWNグローバルフォーラム」で情報交換などを行っている。MTフェルールの次の世代に主力商品となる技術と見ており、米川社長は「NTTなど大手はコンセプトの設計は得意だが、具体的な『ものづくり』のフェーズでは我々の出番になる。中小、ベンチャー企業も一緒になって新たな産業を興す流れを作りたい」と意気込む。
石川から世界へ発信、目標はMTフェルール世界シェア1位
米川社長は「創業から77年目、成長を続けて、石川から世界に発信するグローバル企業を目指したい」と話し、具体的な目標に、2030年の売上目標100億円、目指すゴールとして「MTフェルール世界シェア1位」などを掲げる。「今後も『トラブル イズ マイ ビジネス』と考え、逃げずに攻めどころを探す」と話す。「例えばゲームなら、困難があるほど面白いはずで、何のトラブルも起きないゲームなんて誰も買いません。でも、人は仕事になると、少しでも邪魔が入るとめげてしまう。困難があるからこそ目指すゴールがある。これからも、喜んで困難に向かっていきたい」と力を込める。会社の経営危機を乗り越えてきた気概は、変わらず健在だ。
【企業情報】▽公式サイト=https://hakusan-mfg.co.jp/▽社長=米川達也▽社員数=131人▽創業=1947年