METI解体新書

多様な人材が個人の能力を発揮できる社会を作る

【経済社会政策室/経済産業政策局】
芳賀 諒太:経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室。日本企業のダイバーシティ経営の推進や共生社会の実現に向けた障害者関連施策、ニューロダイバーシティ(※)の推進、外国人材活躍に関する業務などを担当。

※発達障害など、脳や神経に由来する様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かそうとする考え方。詳細は後述。

【経済社会政策室】に聞く、日本経済の持続的成長に不可欠な多様な人材の活躍とは?経済産業省という複雑な組織を「解体」して、個々の部署が実施している具体的な政策について、現場の中堅・若手職員が分かりやすく説明する「METI解体新書」。今回は、経済社会政策室の芳賀諒太さんに話を聞きました。

多様な人材の活躍に向けて

――― 芳賀さんの部署ではどんな政策を行っていますか。

経済社会政策室では、企業の経営戦略としてのダイバーシティ経営を後押しする取り組みを進めています。ダイバーシティ経営とは、「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」のことです。

女性活躍推進に優れた上場企業を選定する「なでしこ銘柄」、テクノロジーを用いて女性特有の健康課題を解決する「フェムテック」の活用促進、女性起業家や女性リーダーを応援する「女性起業家支援」や「女性リーダー育成研修(WIL)」の実施、外国人材の活躍推進や障害のある人も含めた共生社会の実現など、多様な人材の活躍に向けた取り組みを進めています。

――― なぜ多様な人材の活躍が必要なのでしょうか。

少子高齢化やグローバル化、デジタル化など企業を取り巻く環境は変化しています。多様化する市場ニーズやリスクへの対応力を高めるダイバーシティ経営を推進することは、日本経済の持続的成長にとって不可欠と考えています。

――― 多様な人材の活躍を実現するために、どんな後押しを行っていますか。

企業がダイバーシティ経営を実践していく上で、自社の現状や課題、必要な取り組みを自分で診断できる「ダイバーシティ経営診断ツール」や、ダイバーシティ経営を進める先に実現したい未来を再定義し、道のりを確認できる「ダイバーシティ・コンパス」などを策定・公表しています。企業の皆様にはぜひ活用いただきたいです。

また、外国籍社員の活躍を推進するため、企業が外国人留学生などの採用や入社後の活躍に向けた取り組みを進める際に、特に押さえておくべきポイントや企業のベストプラクティスをまとめた「ハンドブック」や、外国籍社員と日本人社員が効果的なコミュニケーションを行えるよう、ウェブ上で学習・活用できる「動画教材」などの各種ツールを作成し、企業の皆様に周知・活用促進を図っています。

左からダイバーシティ経営診断ツール、ダイバーシティ・コンパス、中小企業向けリーフレット (各種ツールについて:ダイバーシティ経営の推進 (METI/経済産業省)

――― 芳賀さんは障害者政策にも取り組んでいるとのことですが、現状と課題をどう捉えていますか。

日本企業の障害者雇用の現状を見てみると、法定雇用率を達成した企業の割合は、約50%となっており、雇用者数は20年連続で過去最高を更新するなど、着実に進展しています。2024年4月には法定雇用率の引き上げが行われました。

他方で、企業の中で障害がある方が活躍できるような制度や企業風土をつくるための取り組みや、従業員の理解は十分とはいえない状況です。障害のある方個人の特性や能力を踏まえつつ、採用・職場定着やその後のキャリア形成に向けた取り組みを進めることが重要と考えています。

障害のある社員に対する視点だけでなく、顧客として接する障害のある方に対する視点も重要です。障害のある方から社会的な障壁を取り除くために何らかの対応を必要としている意志表明があった場合、障壁を取り除くための「合理的配慮※」の提供を行うことが2024年4月1日から努力義務から義務に改められました(改正障害者差別解消法の施行)。合理的配慮に関する企業の理解と行動がより一層期待されています。

※合理的配慮の例:段差に携帯スロープを渡す、筆談、読み上げ、手話などの意思疎通など

共生社会の実現に向けて、企業の取り組みを後押し

――― 企業はどんな行動が求められるようになったのでしょうか

「合理的配慮」と言われると固いイメージがありますが、企業活動として行っている日常的な窓口対応・接客対応の延長線上と捉えることもできます。目の前の障壁を取り除くために、障害のある人と企業の双方が対話を重ね、共に解決策を検討していく「建設的対話」が重要です。障害の特性や程度は様々であり、また企業側も時と場合に応じて状況が異なる中で、丁寧に対話することで相互理解を深め、共に解決策を見いだすというプロセスが必要になってきます。

経済産業省では、具体的に企業の皆様がどのように対応すればよいのか、所管する分野の事業者が適切に対応するために必要な事項を定めたガイドライン(※対応指針)を昨年12月に改訂しました。今般の障害者差別解消法の改正に伴い、合理的配慮の提供などに関する事例の拡充を行っていますので、企業の方にぜひご覧いただき、自社でどんな対応が可能かシミュレーションをしたり、従業員研修やマニュアル・体制の見直しを行ったりするなど、適切な対応に向けた検討を進めていただきたいと思っています。

経済産業省では、障害者政策への理解や企業の取り組みを後押しする研修会も実施しています。2023年度に実施した研修では、定員を超える申込みがあり、大変多くの反響をいただきました。

※経済産業省所管事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針

 

「対話を重ね、共に解決策を検討していく‘建設的対話’」が重要と語る芳賀さん

発達障害などの障害のある方の活躍可能性を広げる

――― 芳賀さんが特に着目していること、力を入れていることはありますか

発達障害のある方に焦点をあててみると、人数は増加傾向にありますが、就職率は障害のある方全体に比べて低い傾向にあります。経済産業省では、障害のある方も含めたインクルーシブな職場環境を創出するために、「発達障害など、脳や神経に由来する様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かそう」とする「ニューロダイバーシティ」の考え方に注目しています。ニューロダイバーシティは「個々の能力の発揮」や「イノベーション創出・生産性向上」など企業が抱える課題へのアプローチとして効果がある可能性が高いと考えています。これまでは発達障害のある方の強みや能力を企業が見いだせず、採用や活躍につながりにくい状況でしたが、最近は採用方法を工夫して、IT業界などで能力ある人材の獲得に成功する例もあります。

経済産業省では、こうした企業の先行事例を収集し、企業で取り組むべきポイントや対応フローを公表しました。こうした取り組みを広く発信することで、企業の職場環境の整備や、多様な人材の活躍に資する取り組みをサポートしていきたいと思っています。

多様な個の能力を引き出せる環境を

――― 政策を進める際の芳賀さん自身の思いや、工夫について教えてください。

ガイドラインやレポートは、企業の皆様に使っていただけるものにするため、経済団体や障害者団体含め多くの方の意見を聞き工夫しながら策定しました。他方でツールは策定するだけでなく、企業の皆さんに知ってもらい、実際に現場で働く社員・職員の行動変容につなげていくことが重要です。そこで、業界団体や経済団体の説明会や、様々な講演の機会で周知したり、SNSを通じた発信を行うなど、普及啓発活動に力を入れて取り組んできました。また、経済産業省主催の研修では、個別事例をシミュレーションし他者とディスカッションするケーススタディも取り入れながら、より当事者意識をもって考えることができる形式とし、多様な意見を交わせるように工夫を行いました。研修に参加した企業の方からはこうした研修を求めていたという声や自社においても研修を実施していきたい、と感想をいただき、こうした取り組みを続けていくことの重要性を感じました。

――― 芳賀さんが目指したい社会は。

今年は企業の障害者法定雇用率の引き上げや、合理的配慮の提供の義務化など、大きな動きがありました。これらを良い契機と捉え、意識変革を進めていくことが重要と考えています。企業にとってもこれまでの取り組みを振り返る契機となる制度変更だったのではないかと思います。取り組みを振り返る際は、できていないところに着目しがちですが、できているところをしっかり伸ばすことが大事だと考えています。

私は、障害の有無にかかわらず、すべての人がお互いの人権や尊厳を大切にし、支え合い、誰もが生き生きとした人生を享受できる共生社会を実現することを目指しています。様々な特性、能力、背景をもつ人々がインクルージョンされ、多様な個人の能力が発揮される活力ある社会を作り、人々の生活や心に「障害者」という仕切りがなくなるような社会を実現したい。より多くの人が自身の特性を発揮しながら活躍し、それにより企業が成長していく動きを後押しするため、経済産業省としてできることを着実に実行していきたいと思います。

【関連情報】
経済産業省障害者政策ページ(ガイドラインや各種情報はこちらから)

【4月から!】事業者による障害のある方への合理的配慮の提供が義務になります(METIジャーナル「60秒早わかり解説」)

ダイバーシティ経営の推進

ニューロダイバーシティの推進について (METI/経済産業省)

外国人材の活躍