G検定から始めよう。東大松尾豊教授が日本企業に説くDX人材育成法
「DXが実現しなければ、日本経済に年12兆円の経済損失が生じる」。各界に波紋を広げたDXレポートを経済産業省が発表して5年が過ぎた。日本企業も本腰を入れて、DXに向き合う動きが広がってきた。だが、DXに対応できるスキルやリテラシーを身に付けた「デジタル人材」の育成は十分に進んでいない。日本のDXを進めるためには、これまでの「デジタルを作る人材」だけでなく、専門家ではない「デジタルを使う人材」も含めた両輪の育成が急務となっている。ビジネスに関わるすべての人にデジタルのリテラシーを身に付けてもらうことで、デジタル人材の「底上げ」を図ろうということだ。DXの先進的な事例や、政府による企業への支援制度などを紹介するとともに、生成AI(人工知能)時代に求められるスキルやリテラシーを考える。
そこで、AI研究の第一人者として知られる松尾豊・東京大学大学院教授のもとへ向かい、日本企業のDX推進の状況や、ITリテラシー改革で成功するための条件を聞いた。松尾氏がDX人材を育成するためにカギを握る存在として指摘したのが、AI・ディープラーニング領域のスキルやリテラシーを習得できる「G検定」だ。松尾氏自ら、G検定を実施する日本ディープラーニング協会の理事長でもある。
DXでどう稼いだ?具体的成果の乏しい日本企業
(※取材はオンラインで実施)
DX改革の目玉として、CDO(最高デジタル責任者)の設置や関連部署の設立などを掲げる企業もある。松尾氏は「それはそれで良いことだが、デジタルを活用して、もうかっているか。すなわち、売り上げが伸びた、またはコスト削減ができた、など具体的な効果が出ているところはまだ少ない。それをDXによってどのように実現するかだろう」と話す。
「日本の企業には変化を嫌い、既存の事業にこだわる傾向がある。企業だけでなく国全体がイノベーションのジレンマに陥っているという認識はすごく正しい。DXを巡る新しい技術やビジネスが出てきたときに、乗り換えればいいのだが乗り換えられていない。僕から見ると、せっかく新しい技術が出てきているのに、それをチャンスと捉え本気でもうけようとしていない」。
企業の変化を嫌う体質は、データにも表れている。情報処理推進機構(IPA)の「DX白書2023」によると、DX推進のための企業文化・風土の状況に関する質問で「リスクを取り、チャレンジすることが尊重される」という企業は15%、「最先端の仕事ができる」は11%にとどまっている。
生成AIはDXの遅れを取り戻すチャンス
「ChatGPT」など生成AIの登場は、一時的なブームではなく不可逆的な大きな変化と言われる。松尾氏は「電気、トランジスタ、インターネットなどに匹敵する極めて汎用性の高い技術で、非常に大きな変化だ」と解説する。
「ただ、生成AIを語る人はたくさんいるが、企業でその技術を使ってみる人とか、プログラムを作ってみるという人は少ない。一方で、シリコンバレーや中国では、新しい技術が出てきたらすぐ使って、試してみる。それに比べると『他人事』感がすごくある。生成AIはDXの遅れを取り戻すチャンスになり得るが、『チャンスだ!』と言っているだけでなく『やりましょうよ』と言いたい」と強調する。
G検定で身につく、新技術の「目利き」スキル
「日本のIT技術、デジタル技術が低いのは事業者側・発注者側のITスキル、リテラシーが低いから。技術を評価する側のリテラシーを上げないと、良い技術なのかどうかが見抜けない。選ばれなければ、その技術自体が育っていかないことになる。例えば、シリコンバレーでは逆で、本当に良い技術はいい、と言い切る人がいるから良い技術が伸びる」と指摘。「そう考えてG検定を作った。G検定に合格するメリットの一つは、ITスキルやリテラシーが上がり、新しい技術の『目利き』ができるようになること。特にIT専門家ではないビジネスパーソンに受けてもらいたい」と呼び掛ける。G検定は2017年にスタート。累計受験者数は約11万人、累計合格者数は約7万人に上る。社員の受験料を補助するなど、G検定の取得を推奨している企業は350社を超える。
実際、G検定に合格した企業のDX担当者などから「ベンダー企業やスタートアップから説明された内容が理解できるようになった」と感謝されるそうだ。銀行や生保、製造業など様々な分野の企業で、社員が団体で受験するケースも多くなっている。社内で専門的な会話ができるようになることで、企業全体のデジタルリテラシーの向上にもつながっている。
松尾氏は「DXで業務全体を大きく変えていこうとか、本当に革新的な使い方をして、全社的に数百人、数千人の規模で効果が出ているという企業が少ない。リテラシーの向上によって、そういうところまでどんどん進んでほしい」と熱いメッセージを送る。
すべてのビジネスパーソンにデジタルリテラシーを
経済産業省と民間が連携した「デジタルリテラシー協議会」は、全てのビジネスパーソンが持つべきデジタル時代の共通リテラシーの範囲を定義づけ、「Di-Lite」と呼んでいる。「Di-Lite」は「IT・ソフトウェア」「数理・データサイエンス」「AI・ディープラーニング」の三つの領域で構成されており、その習得のための三つの検定や試験が設定されている。
特に「AI・ディープラーニング」はDXの核となるテクノロジーとして、あらゆる分野での活用が加速している。生成AIの登場により、DXの遅れを生成AIで取り戻すことも期待される。デジタルリテラシー協議会は、AI・ディープラーニング領域のスキルやリテラシーの習得には「G検定」、IT・ソフトウェア領域は「ITパスポート試験」、数理・データサイエンス領域は「データサイエンティスト検定」を推奨している。
松尾 豊(まつお・ゆたか)日本ディープラーニング協会理事長、東京大学大学院工学系研究科教授 米スタンフォード大学客員研究員を経て、2019年東京大学工学系研究科教授。2017年に日本ディープラーニング協会を設立し理事長。ソフトバンクグループ社外取締役、政府の「新しい資本主義実現会議」有識者構成員なども務める。専門は人工知能、ディープラーニング。 |
<G検定ワンポイント解説>
【どんな試験?】
AIの技術的手法や事業活用に必要な知識・能力を体系的に学び、AI・データを活用したビジネスを推進する総合的知識を有することを証明する試験。試験時間は120分で、多肢選択式の知識問題が200問程度出題される。オンライン実施のため、自宅や職場で受験できる。受験資格に制限はなく、誰でも受験可能。
【どのくらい難しいの?】
合格者に行ったアンケートでは、受験までに要した学習時間は「15〜30時間」の32.1%が一番多く、次いで「30〜50時間」の28.8%、「50〜70時間」の13.9% となっている。2023年11月開催のG検定受験者数は5,330名、うち合格者数は3,662名で、合格率は68.71%。合格率は毎回60〜65%程度で、難易度としては比較的取り組みやすい。
【受験費用】
一般:13,200円、学生:5,500円(いずれも税込)
(※日本ディープラーニング協会サイトから引用)