政策特集新社会人必見 経済政策5つのキーワード vol.5

社会課題の解決を企業の稼ぐ力に。「SX」は経営変革のキーワード

日本経済はバブル経済の崩壊以降、30年間、長期の低成長に苦しんでいる。日本の名目GDPは世界第3位だが、比率は米国24%、中国18%に対して5%と1994年以降で最低に落ち込んでいる。その中で、日本企業の稼ぐ力を高めて長期的、持続的に企業価値を向上させるために注目されているのが、「SX」(サステナビリティ・トランスフォーメーション)だ。

Q SXとは
A 企業が長期的、持続的に稼ぐ力を高めるための経営変革の方策です

気候変動、エネルギー危機、パンデミックなど近年、企業経営をとりまく新たなリスクが顕在化している。と同時に環境や社会のサステナビリティ(持続可能性)にかかわる課題は、企業にとってはリスクであることを超えて経営戦略の根幹の要素になっている。企業が生き残るには、サステナビリティにかかわる課題解決を目指すと同時に、こうしたリスクを取り込んで、ビジネスチャンスとして、稼ぐ力に変えることが重要になっている。

SXは、企業の長期的・持続的成長のために、社会の持続可能性に資する長期的な価値提供を行うことを通じて、自社の長期的かつ持続的な「稼ぐ力」の向上と更なる価値創出へとつなげていくこと、及びそのために必要な経営・事業変革を意味する。SXへの取り組みが長期的な企業価値の向上を図ることにつながる。

Q 企業経営や資本市場におけるSXの意義とは?
A さまざまなサステナビリティ課題を企業の稼ぐ力に変えま

経済産業省が2022年に公表した「伊藤レポート3.0」(SX版伊藤レポート)は、今後の企業経営で企業のサステナビリティと社会のサステナビリティを同期化させるSXの重要性を説いた。

例えば、イギリスの石油会社BPは、気候変動問題への対応を促進するため、石油を中心とした企業から総合エネルギー企業への転換を目指している。本業である石油、天然ガスの開発投資や生産量を減らし、再生可能エネルギーを使った発電設備の増強など大胆な事業変革を進めることで、新たな稼ぐ力を生もうとしている。

企業は、柔軟な発想でサステナビリティを巡る課題を稼ぐ力に変えていくことが求められる。こうした企業の経営戦略の成否には、人材の活用が大きく影響する。経済産業省が2022年5月に公表した「人材版伊藤レポート2.0」は、企業の経営戦略と人材戦略を連動させることを提言している。人材を「コスト」としてではなく、企業の成長の源泉となる「資本」と捉え、投資を続けて価値を高めていくことが企業の成長につながるという考えだ。

Q 資本市場の日本企業に対する見方は
A 海外企業と比べて成長への期待が低いことが示されています

東京証券取引所は2023年3月、グローバルな大企業向けの「プライム」と中堅企業中心の「スタンダード」の計約3300社に、時価総額が純資産の何倍にあたるかを示す「株価純資産倍率(PBR)」の改善を求める通知を出した。

「株価」の「1株当たりの純資産」に対する比率で示されるPBRは、企業の株価の割安さを測る指標となる。東証のプライム市場でPBRが1倍を割る企業が半数に上っていることを問題視した。成長が見込まれる企業は株価が上昇するため、PBRの低さは日本企業に対する投資家の成長期待が低いことを示している。

経済産業省が2014年に公表した企業統治改革に関する報告書「伊藤レポート」は、中長期的なROE(自己資本利益率)などの向上を経営の中核目標に置くことを提言した。ROEは、企業の資本効率性を示す代表的な指標で、投資家から集めた資金などで構成される自己資本を有効活用してどれだけの利益を稼いでいるかを示している。「伊藤レポート」を契機に、企業経営でROEに対する意識は高まってきているが、現在も欧米企業の水準には達していない。

また、投資家と建設的な対話を行うことで、社会の持続可能性に資する長期的な価値提供を行い、自社の長期的、持続的な「稼ぐ力」の向上と更なる価値創出へとつなげていくことや、そのために必要な経営・事業変革も重要だ。経済産業省は、こうした企業と投資家の対話を促すべく、対話のための手引きとして「価値協創ガイダンス」を策定し、2022年に改訂した。投資家からの働きかけを通じて、長期的、持続的に日本企業の企業価値を向上させることが狙いだ。

Q 日本株への評価を高めるには?
A SXにより「変革する日本企業」の情報を国内外に発信します

資本市場では、日本企業と海外企業の稼ぐ力の差が株価に反映される。多くの日本企業は手元の資金を有効活用せずに、成長する機会を逃してきたとの指摘が多い。その結果として、海外企業との実力差が株価に表れている。バブル期の時価総額はトップ10に、NTTや都市銀行などの日本企業が名を連ねていたが、今では巨大IT企業をはじめ米国を中心とした海外企業が席巻している。

手元資金を活用し、成長が見込める新規事業を育成することが、新たな投資を呼び込み、さらなる事業の拡充を図る原資を得ることができる。株主が投資した資金を有効活用して収益や株価を上げているかどうかが市場に厳しく問われている。

東京証券取引所は、かつて上場企業の株式時価総額で米ニューヨーク証券取引所に次ぐ規模だった。資本市場に日本企業、日本株の魅力を伝え、これらの再評価につなげなければ、かつてのような成長は難しいといえる。

経済産業省と東京証券取引所は、SXによって価値の創造を進めている先進的な上場企業を「SX銘柄」として選定し、表彰する制度を新設する。2023年7月から募集を開始し、2024年春ごろに初選定する。「変革する日本企業」の情報を国内外の投資家に向けて発信し、投資を呼び込む狙いがある。

「SX」による経営変革で稼ぐ力を高めて日本企業、日本株の再評価につなげていくことが期待される 写真は東京証券取引所(picture cells – stock.adobe.com)