動画通じて地方の学生と企業を「つなぐ」シンミドウの就職支援
「親身に」寄り添う 社名に込めた想いとは
Uターン就職を希望する学生にとって悩みのタネは採用試験に行くだけで時間や交通費がかかることだろう。シンミドウはウェブに自撮り動画を載せることで地元に戻らなくても採用選考を進められるサービスを開発した。従業員の平均年齢は27・5歳。笹田知弘社長率いる若き集団が「採用の常識」を今、塗り替えようとしている。
コロナ禍の社会にもマッチ
「地元に戻って就職したいのですが、面接を一回受けに行くのにも交通費も時間もかかって…」。笹田社長が企業の採用支援に携わってから多くの学生から聞いた言葉だ。
新卒の就職試験は大企業ならば会社説明会のほかに選考を4回、5回重ねる。中小中堅企業でも複数回の面接が設けられているのが一般的だ。「最終選考まで進むと、交通費を支払ってくれる企業も多いが、それまでは自腹。時間もお金も学生にとっては重い負担になっている」(笹田社長)。
学生の負担をなるべく減らしながら、就職活動を効率的にできる仕組みはないだろうか。地方の企業にしても、人が採れなければ企業のみならず地域の活力も失われる。
こうした思いを形にしたのが同社が手がける就職支援サイト「きたいこ」だ。「北に行こう」をなぞらえたもので北関東や東北、信越地方の企業をターゲットにしている。
学生はPR動画を自撮りし、ウェブ上にあげる。「自己紹介」「学生時代に熱中したこと」「特定の業界や業種を志望する理由」などテーマごとに1分程度の動画を作成する。サイトを通じて関心のある企業に連絡できる。
企業は連絡してきた学生はもちろん、「地域」や「業種」などで検索をかけ、採用したい学生のPR動画を見られる。実際に詳しく会って話を聞きたければ、個別にアプローチする。
これまでもウェブを使ったオンライン面接や録画した動画を面接に利用することはあるが、学生はあくまでも企業ごとに対応しなければならなかった。「きたいこ」を使えば、学生は一回録画するだけで多数の企業にアプローチできる。この仕組みはビジネスモデル特許も取得している。
企業側も、オンライン面接など費用をかけずに採用活動できる体制を整えつつあるが、時間の制約は依然として強い。人員に余裕のない中小企業にとっては時間が固定されずに、採用を検討できる時間をつくれる。採用選考にありがちな学生の急なキャンセルも防げる。
学生の登録料は無料で、採用できた会社から成功報酬を得る。従来、新卒採用のひとりあたりのコストは60万円から70万円とも言われているが、3割程度抑えることができるという。
地方創生の後押しをしたいと、2020年3月に運用を始めた。サービス開始直後に想定外のコロナ禍で人の移動が制限され、偶然にも時代にマッチした。
笹田社長は「動画を見て、個別に電話で話し、最終選考だけ会って面接して、内定を出した企業もある」と手応えを示す。本格運用の初年度になる21年度はおよそ200社の利用を見込んでいる。
中小支援に携わりたい
笹田社長は飲食店を経営する両親の背中を見て育った。「いつかは両親のような小さい店を助けたい」と自然と思うようになった。
大学卒業後に3年間、経営コンサルティングで働いた。中小企業から大企業まで幅広い企業規模の経営支援に携わったが、「企業が変わっていく姿が感じられる」と中小企業支援にやりがいを強く感じた。
2001年にシンミドウの前身となる「笹田経営」を設立。当初はコンサル時代に手がけていた生産管理での中小中堅企業の支援が中心だったが、顧客と膝をつき合わせて話すと皆、共通の悩みを抱えていることに気づく。「若い人が採れない」。新卒採用のコンサルティングの仕事が次第に増え、今では看板事業になっている。
「相談相手に親身になる」という思いを込めて、2008年に社名をシンミドウに社名変更した。常に心がけているのは、顧客が気づいていない長所に光をあてること。「例えば、事業所が本社一カ所しかないというのは企業にしてみれば『規模が小さい』と思うかもしれない。ところが、学生からすれば転勤がないメリットになる」(笹田社長)。
5年ほど前、山形県の建築会社から相談を受けた。過疎が進み、当時は携帯電波も届かない地域だったが、長所を探し、PRした。競合他社が存在しない、家賃が安い、仕事帰りにウインタースポーツを楽しめる。熱心な訴えが学生に響き、安定的に毎年新卒採用ができるようになった。
顧客は今では約100社。「営業はほとんどしていない。紹介で顧客が増えていった」というところにも社名通りの「親身さ」がうかがえる。
地方を元気づけたい
地方創生への思いは強い。「きたいこ」の運営開始にあわせるように、2019年には福島県郡山市に事業所を設立。本社を置く埼玉県以北の市場を深耕する体制を整える。
採用を支援する会社だけに、自社の採用にも力を入れる。2007年から新卒採用を開始。9割の社員が同社に新卒で入社した社員が占める。約30人の従業員の平均年齢は約27・5歳と若い。
「地方創生の理念に共感して入社してくれた社員も少なくない。何かのため、誰かのために力を尽くしたい人と一緒に働ければ」と語る。
20世紀末、インターネットの登場で就職の採用選考に変化が訪れた。それからテクノロジーは飛躍的に進展したが、採用形式は抜本的には変わらなかった。だが、コロナ禍という非常事態が再びテクノロジーを導入する契機になっている。「採用の常識」が変わりつつある。
「採用には時間もお金もかかる。私たちがお手伝いすることで、顧客の企業は時間もお金も有効活用できるようになる。お金を福利厚生に回したり、時間を創造的な仕事に使ってもらえれば、会社は成長できる。そうすれば学生にとっての魅力は増す。良い循環が生まれる」
人と人をつなぐ。地方企業と出身学生をつなぐ。相手の立場に立って、困っている人を助けたい。笹田社長の思いは両親の背中を見つめていたころから、ぶれていない。
【企業情報】
▽所在地=埼玉県さいたま市大宮区桜木町4の244の1▽社長=笹田知弘氏▽創業=2001年▽従業員数=24人▽売上高=2億6000万円(2019年12月期)