政策特集レジ袋有料化 その先の未来 vol.13

気づきが促す行動変容「ナッジ」で社会は変わるのか

三菱UFJリサーチ&コンサルティング小林庸平主任研究員vs杏林大学斉藤崇教授【対談後編】

斉藤教授(左)と小林氏。「ナッジ」にちなんでこんなポーズで撮影に応じてくれた


 強制ではなく、選択の自由を残しつつ人々に合理的な行動を促す「ナッジ理論」が制度設計や政策手法として注目を集めている。特性を踏まえた上で、活用の可能性をどこに見出すのかー。前編に続き、話題は広がっていく。

コストかけずに政策効果

 三菱UFJリサーチ&コンサルティング行動科学チーム(MERIT)リーダー 主任研究員 小林庸平氏(以下、小林)

 ナッジの利点のひとつに経済的なインセンティブを大きく変えることなく、人々の行動変化を通じて課題解決につなげることができる点が挙げられます。大きな財政出動を伴わず、比較的簡単に取り入れられることができることから、地方自治体でも新たな政策手法としての活用が広がりつつあります。前編でもお話しましたが、人間の思考過程や意思決定の際の癖を利用して、コストをかけずに政策効果を高められるところに行政側は新味を感じているのではないでしょうか。

 杏林大学教授 斉藤崇氏(以下、斉藤)

 そうですね。ナッジは公共政策において取り入れられつつありますが、とりわけ環境分野は、なぜそのような取り組みが必要なのか、政策の意義を幅広い主体にまず認識してもらうことが行動変化への第一歩となります。だからこそ、合理的な行動へ向けた判断材料となる客観的な情報提供と、多様な価値観に基づくそれぞれの選択を重んじる姿勢が一層大切になると感じています。あくまで人の考え方は多様であり、それぞれの優先順位があってしかるべきですし、それを特定の方向に導くことにある種の抵抗感を覚える人もいるかもしれない。だからこそ手法の検討にあたっては慎重な姿勢が求められます。自らの意思で行動するよう促す一方で、それが同調圧力になってしまっては本末転倒ですからね。

 【自己決定権を残しつつ、望ましい方向へと促すナッジ。活用のあり方をめぐってはさまざまな議論があるのも事実だ】

 小林 おっしゃる通り、本来、自身が望んでいない行動に誘導される手法であるかのような疑念を持たれるようなことがあってはなりませんから、ナッジが前提とする合理性の基準やそれは何を根拠にしているかは重要なポイントです。提唱者(セイラー氏およびサンスティーン氏)も、人々の意思に反して陰で操るようなナッジを「スラッジ」(泥)と称して警鐘を鳴らしています。こうした点を踏まえて私が強調したいのは、ナッジは従来の政策手法に取って替わるものではなく、これまでの手法を補完するものであるという点です。政策目的に合わせて税制や補助金、規制など、さまざまな経済的なインセンティブが用いられてきましたが、人々の行動変化に着目した情報発信などを行うことで、必要な時に必要な人に最適な政策を届け、その効果を高める意義があると考えます。今回のレジ袋の問題についても、有料化という経済的なインセンティブにナッジを組み合わせることで、レジ袋の辞退率向上という効果を高めることができるのです。

既存の手法と組み合わせてこそ

 斉藤 一方で、ナッジは効果が持続しにくい側面があるのでは。当初はそのことを強く意識して行動変化につなげても、時間の経過とともに緩んでくる現象は、新型コロナウイルスの感染予防対策にもあらわれているように思います。

 小林 そうですね。だからこそ、既存の政策手法と組み合わせることで効果の持続性を高めることができるのではないでしょうか。とりわけ、環境分野ではナッジ手法の活用が期待される政策課題が多いのでは。

 斉藤 ナッジが注目される背景として、日本に限らず世界的にも多くの国が、財源や広範な政治的な合意に依拠するのみならず、公私協働を通じて、民間活力をより積極的に活用していく必要に迫られている実情があります。私自身、政府関係者だけでなく、市民団体などさまざまな立場の人と話をする中で、大きな枠組みを作るだけでなく、日々の行動をどう変えていくかという部分にもっと目を向けていかなければ根本的な問題解決につながらないと日々、実感していました。ナッジは日々の行動に思いをめぐらせるきっかけとして、さまざまな「気づき」の中から中長期的な行動変化がもたらされればよいのではないでしょうか。

小林 いまのお話で思い出したのですが、以前ある自治体で、市民によるごみの分別間違いをいかに減らすかとの実証実験に携わったことがあります。分別方法は自治体によって異なるため、これを理解した上で正しい捨て方を実践するのは至難の業ですよね。人間の注意力には限界があるので、こうしたところにもナッジ的な手法の活用の余地があるのではと感じました。合意形成や自己決定の負担を軽減しながら人と社会との関係がうまくいく可能性を秘めているナッジをめぐる動向には引き続き注目してきたいと思います。

※ 特集「レジ袋有料化 その先の未来」は今回で終わります。明日からは「ソーシャルユニコーン目指して」がスタートします。